日韓問題(初心者向け)

日韓問題について、初心者でもわかりやすい解説と、日韓問題とマスコミ問題の動画のテキスト版を投稿しています。

嫌韓の出発点、2002年日韓共催ワールドカップで何が起きたのか


さて、今回なのですが私がここのブロマガを始めたのが2013年12月15日です。
今年の12月15日は月曜日ですので、一応今回を「だいたい1周年」という事にしておきます。
ここまでやってこれたのも読者の方々がいてくれたからこそです、まだまだ改善点が多く試行錯誤中のブロマガではありますが、今後ともよろしくお願いします。


そして、以前100回記念の時には特に何もしなかったのですが、今回は何か特別な事をやろうと考えまして。何を書こうかと考えた結果、以前質問のあった「2002年の日韓共催W杯で具体的に何が起きたのか」、なぜここから嫌韓の流れが始まったのか、そのあたりを当時の記憶を元に改めて書いてみる事にしました。


あれからもう12年、今は当時を詳しく知らない人も多いでしょう。
今回は特にそんな人達向けの内容となります。


当時何が起きたのかについては、実はニコニコ動画にも多数の動画があります。
まずは文章で書くよりそれを見てもらった方が早いので、こちらの動画を





関連動画

YouTube
https://youtu.be/GMDuHySAwCs


YouTube
https://youtu.be/g0rjOlIc-1s


また当時のまとめサイトのようなものもありまして、そちらを見ていただけるとより問題を詳しく知ることが出来ます。


知らされなかった韓国サッカーの“裏側”
http://www58.tok2.com/home/letsgokorea/
インターネットアーカイブ
https://web.archive.org/web/20050203235748/http://www58.tok2.com/home/letsgokorea/

※特にここの「その他」にあるリポート4つは是非とも読んで下さい。
当時何が起きたのか、現地で実際に体験された方々の文章が掲載されています。

実際のところ、これだけ(特にまとめの方を)見てもらえればもう9割方説明が終ってしまいます。
ただし、それではただの「手抜き」ですので、以下では当時の空気がどんなものだったのかを中心に書いていく事とします。


日韓共催W杯開催前、たしか2001年末頃だったと記憶しているのですが、当時まだネット上でも少数派だった韓国の問題を知る人達(今の嫌韓とは少し違います、強いて書けば知韓派とでも言えば良いのでしょうか)が、こんな事を指摘していました。


日韓共催W杯で韓国を嫌う人が急激に増えるだろう」と。
要するに、その後起きる事はこの時点で既に予見されていた、ある意味で「起きるべくして起きた事」だったのです。


しかし当時テレビや新聞では日韓共催に関してお祭り騒ぎ。「日韓友好」が強調され、今では信じられないかもしれませんが、ネット上でも殆どの人はテレビや新聞の伝える情報に疑問すら感じていませんでした。
そして、こうした「知韓派」の人達の言葉は殆どの人から無視され、むしろたったこれだけの指摘ですら差別主義者と罵られるような有様だったのです。


徐々に空気が変わりだしたのは開会式でした。
以前当時のニュース記事を貼りましたが、この韓国で行われた開会式において韓国は共催にも関わらず日本の要素をすべて排除し、露骨な韓国アピールをしたのです。
更にこの時唯一の日本要素だった日の丸も何か変でした、赤い丸の部分が異様に大きく不自然で、それもまた様々な憶測を呼びました。


しかしそれでも全体としての空気は「政治とスポーツは別、純粋にスポーツとして楽しもう」という考えが主流だったのですが、グループリーグから決勝リーグ序盤において空気を一変させ「韓国は何かおかしい」と多くの人が気付く切っ掛けとなる2つの出来事が起きます。


まず一つ目はグループリーグ第二戦、アメリカ対韓国戦で発生します。
同点ゴールを決めた韓国のアン・ジョンファンが「スケートパフォーマンス」を行います。




(画像は問題のパフォーマンス)


これはソルトレークオリンピックのスピードスケート、ショートトラック1500m決勝において、韓国の金東聖が1位でゴールしたにもかかわらず、2位のアメリカ代表アポロ・アントン・オーノの走路を妨害したという理由で失格となり、金メダルを失った事に韓国側が「誤審である」と抗議した事件を発端とし、その後10年近くもオーノ選手が韓国人から脅迫を受け続けるという問題にまで発展した事件です。


要するにアン・ジョンファンは、アメリカ戦でのゴールにおいて、「仕返し」とばかりにスケートをするような動きのパフォーマンスを行ったのです。
当然のことですがアメリカチームはスピードスケートとは何の関係もありません。


そしてもう一つは、決勝リーグでの日本対トルコ戦で発生します。
韓国人はトルコの応援どころか「日本が負けること」を期待し日本チームへ罵声を浴びせ続けた上に、日本がトルコに負けてベスト8進出を逃すと、韓国チームがベスト8進出した事よりも喜び、それをネットを通じて多くの日本人が目の当たりにしたのです。
これにより「政治とスポーツは別、スポーツとして純粋に楽しもう」という意見は日本のネット上から徐々に消えて行き、韓国人への不信と疑惑の眼差しが向けられる事となります。


そして更に、先ほどの動画にもあるように、明らかに不自然なジャッジと露骨に暴力的な韓国チームのプレイがポルトガル戦、スペイン戦と立て続けに起こり、不信と疑惑の眼差しは徐々に軽蔑の眼差しへと変わっていきます。


そこで更に次のイタリア対韓国戦前日に問題がおきます。
まずは以下の画像と記事を






「韓国側の応援」にイタリアが抗議
2002年06月19日14時53分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
http://japanese.joins.com/article/738/28738.html?sectcode=&servcode=600
イタリアの神経戦は試合前から熱かった。イタリアの選手団と記者は、韓国が「地の利」をあまりにも享受しすぎていると不平を言った。選手団は特に、レッドデビルズの会員が試合前日に「AGAIN1966」というカードセクションを応援座席に準備したことに対し「公正でない処置」としてFIFA側に抗議した。

イタリア代表の関係者は「試合当日でもない前日に観衆が応援準備のために競技場に入るということ自体が間違っている」とし「FIFA側から『今後こうしたことがないようにする』という返事を受けた」と伝えた。

これに対し大田(テジョン)ワールドカップ(W杯)競技場安全統制本部の関係者は「最近のようなムードのなか、これを禁じるのは難しい」と短く答えた。



この1966とは西暦1966年の事、イタリアが当時のワールドカップにおいて北朝鮮に敗北し、イタリア国内で選手達が激しい批判に晒された年でした。
要するに韓国人達は、イタリア戦前日の練習中に大挙して押し寄せ、イタリアチームに対して運営ぐるみの組織的な嫌がらせ、今で言う「ヘイトスピーチ」を行ったのです。


その後に起きた事は動画にある通り、これによりネット上における日本人の嫌韓は決定的なものになります。
もはやネット上において「スポーツと政治は別だから、スポーツとして純粋に楽しもう」などという空気は完全に消え去ってしまいました。


そしてあまりにも酷すぎたイタリア戦後から、世界的に韓国の行いへの批判が噴出します。
イタリアサッカー協会からの公式抗議、(日本と韓国を除く)世界各国のメディアからの激しいバッシング、更にイタリア代表のトッティ選手が「審判を変えて最初からワールドカップをやり直すべきだ」との批判を行いそれが世界中に報道されます。


英マスコミ、態度を変え「韓国バッシング」へ
中央日報 2002.06.25
http://japanese.joins.com/php/article.php?sv=jnews&src=spo&cont=spo0&aid=20020625222716600(リンク切れ)
http://web.archive.org/web/20050312063739/http://japanese.joins.com/php/article.php?sv=jnews&src=spo&cont=spo0&aid=20020625222716600(ウェブアーカイブ
全世界の視線が韓国−ドイツ戦に注がれた。ドイツは事実上休日同然で、与野党指導者が勝利を確かめる会合を行ったりした。韓国のベスト4入りに驚いた欧州の各マスコミは「韓国バッシング」に出た。

◇ドイツ「仕事中断」=韓国−ドイツ戦が始まった25日午後1時30分(現地時間)から約2時間、ドイツの会社員らはほとんど仕事を中断した。大部分の企業では社員らがホールや休憩室に集まり、試合を見守った。

ドイツ自動車協会(ADAC)は「準決勝が行われる時間帯には故障申告に対する出動が遅れる」と加入者らにあらかじめ通告した。官公庁や銀行なども試合中には顧客相談を避け、各学校では授業を短縮、学生らを早く帰宅させた。

◇英国の韓国バッシング=イタリア戦までは韓国の躍進を高く評価していた英国マスコミが態度を変えた。デイリーミラー紙は「ドイツチームに祝杯を−驚くほど運のいい開催国の信じられないストーリー」という見出しの24日付の記事で「韓国は審判のおかげで4強入りした」とし「(実力が不十分な)韓国が準決勝に進出したのは『ブラックコメディ』であり、このためワールドカップ(W杯)はこれ以上意味をなさなくなった」と非難した。記事は「韓国チームが敗退する瞬間まで、もう一杯!」という文章で結ばれていた。

◇ロシアでも韓国バッシング=ロシアのある有力日刊紙は「ブラッターFIFA会長が、韓国チームの準決勝進出のため手段と方法を選ばずに手助けした」と非難した。また別のスポーツ紙も「審判のホイッスルがスペインを殺し、韓国を4強に押し上げた」と書いた。



これを受けてFIFA会長が異例の会見を行いますが、当然ですがそれで批判がおさまるわけも無く、次のドイツ対韓国戦では直前になって、イタリア戦で数々の疑惑の判定をしたバイロン・モレノ主審が突然何の理由の説明も無く別の審判に交代します。
余談になりますが、この後バイロン・モレノ主審は国際審判資格を失いますが、これは実は2002年のW杯とは別件での剥奪です。
当時のFIFAは一貫して「主審は買収されていない」との態度でした。


そしてドイツ戦直前にはまたもや韓国のサポーター達が非常識な行為を行います。










画像はTBSの筑紫哲也NEWS23(2002年6月25日放送)より
ちなみにハングルで「謹んで敗者の冥福を祈ります」と書かれています。


韓国の行いに対する世界的なバッシング、韓国人による民族主義丸出しの、とてもホスト国とは思えない非常識な「応援」の数々。
これを受けて、日本のネット上である動きが発生します。


当時新たな試みとして、使われていない競技場を試合中にファン達に開放し、競技場の大スクリーンで試合を中継し臨場感を体験しようと言う「パブリックビューイング」と呼ばれるイベントが日本の国際試合では始めて行われたのですが、ここで「韓国の不正を日本のメディアを通じて訴えよう」という計画が持ち上がったのです。


当時の様子は、「ワールドカップ Public Viewing in 国立競技場」というサイトに画像付きで掲載されていたのですが、残念ながら今はもう存在しません。


※2020年1月16日追記
【再現】2002年日韓ワールドカップ Public Viewing in 国立競技場
当時のページの管理人様よりデータをいただき、可能な限り当時のページを再現しました。


何が起きたのかをざっと書くと、ネットでの呼びかけにより日本人を中心とした複数の国の人々が横浜の国立競技場に集まり、「公平なジャッジを」という横断幕やプラカードを掲げ、取材に来ていた日本の報道陣にアピールしたのです。


しかし、これに対して取材に来ていた日本の新聞社やテレビ局は驚くべき行動に出ます。
なんとこの抗議集団を完全に無視し、韓国を応援する集団のみを取材、挙句の果てにはこの集団をプラカードや横断幕が判別できない位置から撮影し、あたかも韓国を応援する集団であるかのように報じたのです。


この事件がネットを通じて広まると、そこで新たな共通認識ができます。
「韓国の行いも問題だが、それ以上に日本のマスコミが異常すぎる」と。


実はイタリア戦辺りからマスコミの異常さはネット上で徐々に問題になりつつありました。
当初は韓国の行いに批判的だったコメンテーターなどが急に批判をしなくなり、テレビでは「韓国を応援しよう」というフレーズがあらゆる番組で繰り返し報じられ、あたかも韓国は実力で決勝リーグを勝ち残ったかのように語られだしたのです。


そしてドイツ戦頃になると、まるで韓国を批判する事が悪であるかのような空気が出来上がります。
当時からドイツチームのファンだった明石家さんまさんが、ドイツチームのユニフォームを着て日本テレビ系列の番組に出演したところ、いくつかの新聞から大バッシングを受け、挙句になぜかフジテレビ系番組から一時的に干され、最終的に公式に謝罪をさせられるという、あまりにも異常な事態が発生します。


当時の異様な空気を知りたい方はこちらの動画をどうぞ




(ちなみにこの放送後、故飯島愛さんは数年にわたってほぼ全てのテレビ局から干されました)

2016年6月9日21時7分追記
動画が消されているとの連絡を受けましたので、代わりとなるyoutubeの動画のリンクを貼っておきます。

2002年 FIFAワールドカップの韓国の審判買収疑惑に飯島愛が物申す
https://www.youtube.com/watch?v=vyXFg43RsSQ


こうしたメディアの異常な行いが続いた結果、ネット上ではっきりとした嫌韓の流れが出来上がるとともに、メディアに対して何かしらの抗議をしようとの動きが当時の2ちゃんねる上で発生。
特に韓国擁護が露骨だったフジテレビに対し、後に「湘南ゴミ拾いOFF」と呼ばれる抗議行動が行われます。


これはネット発の始めてのメディアに対する抗議行動でした。
韓国とフジテレビの行いへの明確な抗議の意思表示として、27時間テレビで企画されていた湘南のゴミ拾いイベントを、事前に全てゴミを拾いつくすことで企画そのものを成り立たなくしてしまおうと言う、洒落と皮肉とゴミ拾いという実益を兼ねた企画で、延べ数百人が参加したと言われています。
中にはフジテレビの収録前日に、徹夜で集まってゴミ拾いをしていた人もいました。


これも当時はまとめサイトのようなものがあったのですが、今は存在していないようです。
しかしニコニコ大百科の以下の記事に詳しい概要が載っているので、もしよかったら読んでみて下さい。

ニコニコ大百科
単語記事: 2ch湘南ゴミ拾いオフ
http://dic.nicovideo.jp/a/2ch%E6%B9%98%E5%8D%97%E3%82%B4%E3%83%9F%E6%8B%BE%E3%81%84%E3%82%AA%E3%83%95

下のほうに当時の応援フラッシュを動画化した物へのリンクもあります。


こうした様々な抗議行動に対し、メディアの取った態度は「黙殺」或いは「嘲笑」でした。
そして更に、その後テレビや新聞は皆さんよくご存知の「韓流ごり押し」を行うようになり、日本人に「韓国を好きである事」を強要していく事となります。


そして2002年のワールドカップでの韓国の行いを切っ掛けとして、このマスコミによる強要が更なる反発を生み、更にネットを通じて伝わってくる様々な韓国発のニュースから、マスコミの伝える情報とのギャップなどによりマスコミへの不信感もどんどん膨らんでいき、結果「今」があるというわけです。


出発点はW杯での韓国の行いであり、状況を悪化させたのはその後の韓国の行いだけでなく日本のマスコミの態度だったわけです。
これが当時起きた事です。


最後に。
実は韓国人の民族主義や蔑視ありきの自民族中心主義は、2002年当時は今ほど露骨に激しくはありませんでした。
それがW杯開催と決勝トーナメント進出頃から激しくなり始め、その後も収まることなく拡大し続け今のようになって行ったという経緯があります。
恐らくこのW杯での勝利が、韓国人の「歯止め」を外してしまったのでしょう。



お知らせ。
このニコニコのブロマガの仕様上、コメントが新たにあった事は解るのですが「どの記事にコメントがされたのか」を確認することが困難です。
そこで、もし過去記事に質問等私が何らかの回答を必要とするコメントをされた方は、お手数ですが最新の記事かtwitter@ooguchib」のアカウントのほうへその旨を書いていただけると助かります。


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動画版マイリスト



番外編マイリスト






以下に本文に入れられなかった2002年のW杯関連のニュースを


イ・チョンス自叙伝"サイバー戦争"
中央日報/yahoo korea(韓国語) 2002/8/13
http://kr.dailynews.yahoo.com/headlines/sp/20020813/jo/jo2002081330462.html(リンク切れ)
http://web.archive.org/web/20030419074625/http://kr.dailynews.yahoo.com/headlines/sp/20020813/jo/jo2002081330462.html(ウェブアーカイブ
“チームの末っ子としてこのような発言は軽率だった” (ジョインスドットコムid:sinhh)新世代‘サッカースター’イ・チョンスの自叙伝がサイバー空間上から‘ホットイシュー’に浮び上がっている。
(中略)
一方イ・チョンス選手は12日ある放送局ラジオに出演、イタリアとの16強戦で相手チームのマルディーニの頭を足でけったことに対して、"チームが負けてている状況で戦況を逆転させるためにけった”と明らかにし多分故意性があったことを示唆した。



ヒディング氏「韓国代表監督復帰はない」
朝鮮日報 スポーツ 2003.5.21
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2003/05/21/20030521000051.html(リンク切れ)
http://web.archive.org/web/20030604150802/http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2003/05/21/20030521000051.html(ウェブアーカイブ
「韓国国民の期待が重すぎた」

サッカー韓国代表のフース・ヒディング(57)が2006年のワールドカップ(W杯)ドイツ大会で韓国代表監督に復帰する意思がないことを表明した。

オランダのサッカー専門サイト「ダッチ・フットボール」(dutchfootball/net)は20日、「PSVアイントホーフェンヒディング監督がオランダの放送局の深夜トーク番組に出演し、韓国国民の過度の機体が負担だとし、韓国代表j監督が引き受けたくないと語った」と伝えた。

ヒディング監督は「W杯ドイツ大会は非常に魅力的だが、韓国と関わることで失う物の方が大きいと」とし「しかし、韓国以外の国の監督なら引き受けてもいい」と付け加えた。

ヒディング監督は最近の移籍説についても「来期もPSVPSVアイントホーフェンにとどまる」と否認した。

ヒディング監督は2002年W杯韓日大会で韓国代表を準決勝に導き、世界的に注目を集めたが「4強神話」の再現に大きな負担を感じたようだ。

ヒディング監督は最近、欧州を訪問したサッカー協会の李容秀(イ・ヨンス)元技術委員長とのインタビューでも「韓国の2002年の成果は非常に特別なもので、ドイツ大会で再び成功するのは容易ではない」と話していた。

ヒディング監督は現在、韓国代表の技術顧問を務めており、サッカー協会はW杯ドイツ大会を前に、ヒディング監督と韓国代表監督職をめぐって優先交渉する予定だ。



日韓W杯の誤審疑惑を
FIFAが公式認定?
Number 2004/12/02
http://number.bunshun.jp/articles/-/11004
あるDVDが韓国サッカー界を騒がせている。タイトルは“FIFA FEVER”。FIFAの設立100周年を記念して企画された商品である。基本的には歴代名選手や好勝負、強豪チームや大番狂わせなどが収録された記録集で、ことさら指向性やオピニオン色が強い作品ではない。

 だが、その中の“controversy(論争)”と銘打たれた箇所が問題となった。ここにはマラドーナの「神の手」を皮切りに、W杯史上に残る誤審が10件挙げられているが、日韓W杯における韓国戦の事例が4件も含まれている。ちなみに内訳は、イタリア戦の誤審が2件(オフサイド判定によるトンマージのゴール取り消しと、シミュレーション判定によるトッティの退場)、スペイン戦におけるモリエンテスのゴール取り消し2件(ファウルの判定によるものとセンタリングがゴールラインを割っていたとされるもの)となっている。

 韓国のサッカー協会は当然のごとく猛反発。「4強入りした栄冠を毀損することはできない」(チョ・ジュンヨン副会長)、「FIFAはなぜ審判の権威を貶めるような資料を自ら制作したのか」(ソ・ドンピル競技局長)として正式抗議を行なった。これに対してFIFA側は「(内容は)把握していなかった。ライセンスを持った会社が独自に制作したもので、我々が指示したわけではない」と釈明し、事態の沈静化を図ったと伝えられている。

 ただし韓国国内の反応は意外にも冷静で、インターネットの掲示板では「誤審は自分の目から見ても明らかだった。恥ずべきことに我々はその事実を忘れようとしている」、あるいは「ヒディンクはユニークな大会だったとコメントした。彼はこの4つの疑惑を指してユニークだと言ったのではないか」といった自制的な書き込みが大半を占めている。

 むしろファンが熱い“論争”を続けているのは2006年に関してである。韓国はW杯ドイツ大会のアジア地区予選で大苦戦中。協会が悪い、監督人事が問題だ、いや選手がハングリー精神を失ったのではないか等々、ネット上の筆戦は留まるところを知らない。

 DVD議論の予想外の静けさと、過熱する一方の代表論議。二つの現象の根底にあるのは「本大会出場を逃せば、それこそベスト4は誤審の産物だったということになる」というファンの本音と焦りなのかもしれない。



鄭夢準、「FIFA会長が『審判を買収して韓国が4強に行った』と話した」
NAVER/朝鮮日報(韓国語) 2012/07/05
http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=sec&sid1=107&oid=023&aid=0002411798(リンク切れ)
鄭夢準チョン・モンジュン大韓サッカー協会名誉会長が、2002年ワールドカップ当時の国際サッカー連盟FIFA)の 関係者たちと経験した秘話を打ち明けた。

鄭名誉会長は4日、ソウル・小公洞(ソゴンドン)のロッテホテルで行われた『2002ワールドカップ10周年記念式』で、「ゼップ・ブラッターFIFA 会長が『2002年韓日ワールドカップの時、MJ(鄭夢準)が審判を買収して(韓国が)4強まで行った』と話した」と明らかにした。

鄭名誉会長は2006年ドイツワールドカップ当時のスイスとの組別リーグ3回戦を回想して、「アジアサッカー連盟(AFC)のピーター・ベラパン事務総長が、『主審が(ブラッター会長がスイス人だから) スイスの肩を持っている』と指摘した」とし、「するとブラッター会長が、『何をこの程度で言ってる。4年前にはMJが審判を買収して(韓国が)4強まで行ったけど、我々はあの時ようやく16強だった」と話していたよ」と明らかにした。

韓国は当時組別リーグでトーゴを破ってフランスと1-1で引き分けたが、最後のスイス戦で敗れて16強進出に失敗した。

鄭名誉会長はまた、「1993年にジョアン・アヴェランジェFIFA元会長、ブラッター会長、ペレなどの日本訪問の席に私も招待された」とし、「その席でワールドカップ開催地が日本に固まったような雰囲気が起き、『我々も間もなく誘致の申請そするのでワールドカップの開催地を執行委員に対するロビーで決めず、正々堂々とサッカーの競技をして決めよう』と提案した」と話した。


韓国の元FIFA副会長が「トンデモ発言」 日韓W杯の韓国躍進は「審判買収」したから?
J-CAST 2014/6/ 5 18:07
http://www.j-cast.com/2014/06/05206850.html
国際サッカー連盟FIFA)元副会長で、2002年のワールドカップ(W杯)日韓大会の実現に貢献した鄭夢準チョン・モンジュン)氏の発言が論議となりそうだ。日韓大会で韓国が4強入りしたのは、審判の買収によるものだったと匂わせるような話をしたのだ。

冗談だったとみられるが、一方で同大会では韓国戦に絡んで誤審が頻発していた。FIFAの要職にあった人物だけに、単なる放言では済まない恐れもある。
W杯の歴史に残る「10大誤審」の4試合が韓国戦

鄭氏は、2014年6月4日に投開票が行われたソウル市長選に与党候補として出馬した。問題の発言は6月1日、市内の遊説先で数百人の支持者を前にした際に飛びだしたようだ。韓国の日刊紙「国民日報」系のオンラインニュース「KUKIニュース」が6月2日付で伝えている。

「秘密の話をしよう」と切り出した鄭氏。2002年W杯で韓国代表は大躍進を果たしたのだが、それは鄭氏が審判を全員買収したからではないかと、FIFAの責任者が話したというのだ。これについて鄭氏自身は、自分自身に力があれば大丈夫だろうといった趣旨を口にしたそうだ。

当時、鄭氏はFIFA副会長の地位にあった。韓国の旧財閥のひとつ「現代(ヒュンダイ)」の創業者の六男で、現代重工業の社長も務めた大物だ。強力な政治力と資金力を発揮して、韓国代表に有利な判定が下されるように審判を手なずけた――鄭氏の発言から、こう読み取れなくもない。

だが、市長選のさなかに大勢の有権者を前にして、わざわざ自らがインチキを主導した「秘密」を暴露するだろうか。「韓国のための行為」と強調したかったのか、あるいは、そんなことが取りざたされるほど自分には力があるということを見せつけたかったのか、いずれにしろ、これではダーティーなイメージが染みつくのは明らか。記事では「冗談のつもりだっただろうが、軽率」との見方を示し、野党からも「失言」だと攻撃はされたが、買収話を本気としてとらえている雰囲気はない。

ただ日韓大会では、韓国の試合でいくつもの「疑惑の判定」が起きたのは事実だ。FIFA設立100周年を記念して製作されたDVDの中には、W杯の歴史に残る「10大誤審」が紹介されているのだが、このうち4件はこの時の韓国の試合がエントリーされている。決勝トーナメント1回戦の対イタリア、準々決勝の対スペインで、それぞれ2件ずつ選ばれている。



スペイン代表カシージャスの回想「02年W杯の韓国戦は恥ずべき戦い。審判が相手を後押しし、誤審が存在した」
フットボールチャンネル 2014年06月10日
http://www.footballchannel.jp/2014/06/10/post43320/
「韓国の試合ではイタリアやほかのチームとの対戦でも誤審が存在したからね」

――あなたが臨んだ初のW杯は、日韓共催で行われた大会でした。正GK争いを繰り広げていたサンティアゴ・カニサレスが負傷したことによって、大会を通してゴールを守りました。

「少し奇妙な感覚だったね。W杯前、グラスゴーで行われたCLの決勝では、負傷退場したセサル・サンチェスの代わりに僕がピッチに立ち、そのまま続けてW杯という大舞台でもゴールを守ることになった。運に恵まれていたとも感じたけど、CL決勝前の2ヶ月間はセサルにポジションを奪われていたから、W杯でプレーすることには若干の不安があったよ」

――スペインは誤審騒動が起きた準々決勝の韓国戦(0-0、PK戦3-5で敗戦)で敗退しています。

「審判がホームである相手を後押しすることは分かっていた。韓国の試合ではイタリアやほかのチームとの対戦でも誤審が存在したからね。だけど自分たちに対する仕打ちは、ほかのチームとの対戦よりもっとひどかったと思う。

 スペインはあのような敗戦を喫するに値せず、準決勝に進出すべきだった。韓国戦は人生の中でも理解できない出来事の一つで、それは自分の若さや経験不足などとは関係がないものだ。審判に苛立ちを覚えたし、本当に恥ずべき戦いだった。PK戦で、僕が何もできなかったとしてもね」
(後略)