日韓問題(初心者向け)

日韓問題について、初心者でもわかりやすい解説と、日韓問題とマスコミ問題の動画のテキスト版を投稿しています。

【ゆっくり解説】韓国のタブー


さて、本日は最近の韓国の大統領による告訴問題を取り上げながら、韓国のタブーについて扱っていきます。


本日の投稿動画


YouTube
https://youtu.be/v2mCg4mwtP8


関連動画

YouTube
https://youtu.be/WQMNxYDY5Ng


youtube
https://youtu.be/2gguS09EY64


以下は動画のテキスト版です。

注意
・この動画は「日韓の価値観の違い」を扱っています

・うp主のスタンスは「価値観に善悪や優劣は存在しない」というものです

・相手が不法を働いているからとこちらが不法をして良い理由にはなりません

・自身の常識が相手にとっても常識とは限りません、「他者がそれを見たら
どう思うか」という客観性を常に持ちましょう。

・日常生活で注意する程度には言動に注意を心がけてください

・リクエストは原則受け付けていません

・引用ソースへのリンクが同時掲載のブロマガにあります

・毎週土曜日更新


レイム マリサ
ゆっくりしていってね


レイム
さて、今回は日韓問題なので私が解説していくわね。


マリサ
そういえば、前回の変な生き物動画で、うp主の説明不足でちゃんと伝わっていなかった事があるので、まずその件について改めて説明するぜ。


レイム
動画内で「今回から記事内容を同時掲載のテキスト版にのみ掲載する」と説明していたのですが、あれはあくまで変な生き物動画に関してで、こちらのほうでは今まで通りとなります。


マリサ
まあ、本来ならその方が編集が楽でいいそうなんだが、この世の中にはリンクを貼って「これを読んでみてください」とやっても、リンク先を読まないでクレームを入れてくる人たちが結構な数いてな、そういう人対策のためにも、動画内である程度紹介しておく必要があるんだぜ。


レイム
それをしたとしても見ない人は見ないわけだけど、「やらないよりはやっておいた方がいい」という事ね。


レイム
そんなわけで本編へ行くわね。


告訴取り下げ騒動


マリサ
それで「告訴取り下げ騒動」ってなんだ?
随分物々しいが、韓国のタブーって話と関係があるのか?


レイム
2021年の4月末頃のことなのだけど、韓国でこんな騒動が起きたのね。

文大統領非難のビラまいた男、侮辱容疑で送検
朝鮮日報 2021/04/29
https://web.archive.org/web/20210429011705/http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2021/04/29/2021042980007.html

 ソウル永登浦署は28日、文在寅ムン・ジェイン)大統領と与党関係者を非難するビラを配布した保守系市民団体の代表K氏(34)を侮辱容疑で在宅のまま送検したと発表した。

 K氏は2019年7月、ソウル市汝矣島の国会議事堂噴水台付近で「民族問題(ムンジェ)研究所」の名前をもじった「民族ムンジェイン研究所」の名義で文大統領と与党関係者を非難する内容のビラをまいた疑い。当時K氏がまいたビラの表には文大統領を中傷する文言が書かれていた。また、裏には文大統領をはじめ、故・朴元淳(パク・ウォンスン)前ソウル市長、盧武鉉ノ・ムヒョン)財団の柳時敏(ユ・シミン)理事長ら与党関係者の先祖が日帝による強制占領期にどんな官職に就いていたかが書かれている。法曹界は問題のビラで文大統領を中傷した部分には侮辱容疑、与党関係者に対する具体的事実が書かれた部分には名誉毀損容疑が適用される可能性があるとみている。

 K氏に適用された侮辱容疑は被害者本人や法定代理人が直接告訴した場合に限って起訴できる親告罪だ。このため、文大統領サイドが告訴状を提出したとみられる。警察は事件当事者であるK氏にも告訴人が誰かは明かしていない。永登浦署関係者は「誰がK氏を告訴したのかは明らかにできない」と話した。

キム・ジウォン記者


レイム
記事にもあるように、2019年7月に、韓国の国会議事堂前である人物が、文大統領や政権関係者の祖先が「日本統治時代にどんな官職に就いていたか」という事を書いたビラを配布したのだけど、その件について2021年になって名誉棄損で告訴されたという事例ね。


マリサ
なんかいまいちよくわからんが、韓国では祖先が日本統治時代に官職についていた事を指摘すると「中傷」になるのか?


レイム
この件、ちょっと複雑なので後で詳しくやるとして、今の問題は名誉棄損は「親告罪」ということで、記事にもあるように警察は「誰がK氏を告訴したのかは明らかにできない」という態度を取っていたのよ。


マリサ
これ、もしかして文在寅大統領が告訴したのか?


レイム
普通に考えればそうなるわね。
で、当然それが問題になって

文大統領批判ビラを散布した30代が侮辱罪送検…告訴人は誰か
中央日報/中央日報日本語版2021.04.29 07:22
https://japanese.joins.com/JArticle/278156

韓国の文在寅ムン・ジェイン)大統領を批判するビラを散布した30代が3年間捜査を受けた末、大統領侮辱罪で起訴される状況に処した。

ソウル永登浦(ヨンドゥンポ)警察署は、2019年に文大統領など与党要人を批判するビラを国会に散布した容疑(侮辱等)でキム・ジョンシク氏(34)を起訴意見で検察に送検することを決めたと8日、キム氏に通知した。

キム氏は2019年7月17日、国会噴水台周辺に文大統領など与党要人を批判するビラを散布した容疑(大統領文在寅等に対する侮辱)で取り調べを受けてきた。フォレンジックの名目で携帯電話を3カ月間押収され、警察に10回近く出席した。

キム氏は中央日報の電話取材に対して「警察に『私を送検した容疑が文大統領侮辱と軽犯罪違反で間違いないか』と聞いたところ、これを肯定する返事を聞いた」と話した。刑法上、親告罪である侮辱罪は、文大統領本人か文大統領が委任した人が告訴してこそ起訴することができる。大統領が自身を批判するビラをばらまいた国民を侮辱罪で告訴したとすれば異例のこととなる。

しかし警察は「誰が私を告訴したか」というキム氏の質問に「皆分かっていると思う」としながら口を閉じたという。キム氏は「捜査を受けて数回同じ質問をしたが、警察は『誰かは明らかに分かることだが私の口からは話せない』『知っているのになぜ聞くのか。私の口からそれが出てきてはいけない』という返事で一貫した」と話した。キム・ジェウォン弁護士は「侮辱罪被疑者は告訴主体と時点等の情報を知る権利があるが、警察が教えないのは被疑者の防御権を侵害したもの」と指摘した。中央日報が警察に「文大統領がキム氏を告訴したのか」と尋ねると「申し上げかねる」と答えた。「法理上、文大統領やその委任を受けた人が告訴したとしかみることができないのではないか」という質問には「自分で判断して(書いてほしい)」と答えた。

文大統領は2020年8月、教会指導者との懇談会で「大統領を侮辱するくらいは表現のカテゴリーとして許容してもかまいません。大統領のことを悪く言って気持ちが晴れるならそれも良いことです」と、2017年2月9日JTBCのトーク番組では「国民はいくらでも権力者を批判する自由があります。それで国民が不満を解消して慰めとすることができるなら、それも良いことではないですか」と話したことがある。


レイム
記事によると、ビラを配った人は警察で10回以上取り調べを受け、携帯も3か月間押収されるといった扱いを受けていたそうなのだけど、その件に関連して「誰が私を告訴したか」と警察に問いただしても「誰かは明らかに分かることだが私の口からは話せない」といってはぐらかし続けたそうなのよ。


マリサ
なあ、これもう答え言ってるも同じじゃないか。


レイム
そうね。
そしてさらに問題なのが、記事にもあるように文大統領は2020年に「国民はいくらでも権力者を批判する自由があります。それで国民が不満を解消して慰めとすることができるなら、それも良いことではないですか」と話していたそうで、これ過去動画の「韓国人とネロナムブル」でも説明した典型的なダブルスタンダードなのよ。


レイム
ちなみに、今回も関連過去動画へのリンクが動画説明欄にあるから、気になる人はそちらを参照してね。


マリサ
たしか、韓国では「自分は正しい事をしているからやっていいが、相手が同じことをするのは許せない」という態度が一般的なんだっけ?


レイム
そう、そして誰もが「自分は問題ないが相手のネロナムブルが問題だ」と考えているわけね。
この事例もまさにその典型例で、だからこそ問題になったわけ。


レイム
そして野党からも「大統領が国民の口に猿轡をするのか」「表現の自由の侵害だ」という批判が出て政治問題化すると

文大統領 侮辱ビラ散布した男性への告訴取り下げ
聯合ニュース 2021.05.04
https://jp.yna.co.kr/view/AJP20210504004700882

【ソウル聯合ニュース】韓国の文在寅ムン・ジェイン)大統領は4日、自身や家族を冒とくするビラを散布した30代の男性に対する告訴を取り下げるよう指示した。青瓦台(大統領府)の朴ギョン美(パク・ギョンミ)報道官が会見で明らかにした。

 主権者である国民から委任され国家を運営する大統領として、侮辱的な表現に耐えるのも必要という指摘を受け入れたという。

 朴氏は「文大統領は本人や家族に対する口にするのもはばかられるような表現についても国民の表現の自由を尊重するという立場で容認してきた」と強調。だが、今回のビラ散布は日本の極右系週刊誌の表現を引用するなどしたため、「国の格や国民の名誉、南北関係など国の未来に及ぼす弊害を考慮して対応した」と説明した。

 該当のビラには「北朝鮮の犬、韓国大統領・文在寅」などと書かれた日本の雑誌が印刷されていたという。

 朴氏は「今後、明白な虚偽事実を流布して政府の信頼を意図的に損なう行為や、外交問題に飛火する可能性のある事案については少なくとも事実関係を正すという趣旨で慎重に判断して決める」と述べた。


レイム
流石に批判が大きくなりすぎると問題と考えた文大統領が告訴を取り下げ、「日本の極右系週刊誌の表現を引用するなどしたため、国の格や国民の名誉、南北関係など国の未来に及ぼす弊害を考慮して対応した」と釈明したのね。


マリサ
ん?元々あのビラって「大統領などの政府関係者の祖先が日本統治時代に官職についていた事」を取り上げたんじゃなかったのか?


レイム
そうよ、その「最も重要な部分」から大統領自らが論点をすり替えて誤魔化したわけ。


告訴の動機


マリサ
という事は、官職云々はそれほど都合が悪いって事か?


レイム
そうよ、実際この件に関して韓国政府は

本の雑誌を引用した言葉だったから告訴? 文大統領、それでも「侮辱罪告訴」取り下げを指示した理由は
中央日報/中央日報日本語版2021.05.05 10:06
https://japanese.joins.com/JArticle/278360

最近韓国で大きな論争になっていた大統領侮辱罪に関連し、文在寅ムン・ジェイン)大統領が告訴を取り下げることになった。青瓦台(チョンワデ、大統領府)の朴ギョン美(パク・ギョンミ)報道官は4日の会見で「文大統領は2019年ビラ配布による侮辱罪に関連し、処罰意思を撤回するように指示した」と明らかにした。

市民団体の代表を務めるキム・ジョンシクさん(34)は2019年7月に国会付近で文大統領など与党要人を批判するビラを散布した。ビラには「北朝鮮の犬、韓国大統領 ・文在寅の真っ赤な正体」という、日本のある雑誌が使用した言葉が入っていた。

その後、文大統領は法律代理人を通じて刑法上侮辱罪でキム氏を告訴した。警察調査の末、キム氏は最近検察に起訴意見で送検された。<中央日報4月29日付『文大統領批判ビラを散布した30代が侮辱罪送検…告訴人は誰か』記事>

朴報道官は「大統領は本人と家族に対してとても口にできないような嫌悪的な表現も、国民の表現の自由を尊重する次元として容認してきた」としつつもと説明した。朴報道官は「だが、主権者である国民の委任を受けて国家を運営する大統領として、侮辱的な表現を耐えるのも必要だという指摘を受け入れて、(文大統領が)今回の事案に対する処罰意思撤回を指示した」といった。

ただし朴報道官は「今後虚偽であることが明らかなことを流布し、政府に対する信頼を意図的に傷つけ、外交的問題に飛火しかねないような行為に対しては少なくとも事実関係を正すという趣旨で個別懸案によって慎重に判断して決める予定」と話した。これに関連して「再び侮辱罪で告訴する可能性もあるという意味か」という質問に対して、青瓦台核心関係者は「断定的に申し上げることは難しい。今後その事案の軽重や程度によって(可能性は)開かれていると考えていただければ」と話した。


レイム
とにかく問題をはぐらかそうと必死で、「大統領は本人と家族に対してとても口にできないような嫌悪的な表現も、国民の表現の自由を尊重する次元として容認してきた」「ところがこの懸案は大統領個人に対する嫌悪と嘲弄を離れて、日本極右週刊誌の表現を無差別的に引用するなど国の品格や国民の名誉、南北関係など国家の未来に及ぼす害悪を考慮して対応した」と言い出しているのよ。


マリサ
なんかいまいちよくわからんのだが、なんで「日本極右週刊誌」の記事を引用すると「国の品格や国民の名誉、南北関係など国家の未来に及ぼす害悪を考慮して対応した」になるんだよ。
というか、そこまでの表現が「日本極右週刊誌」にあったのか?


レイム
その表現って、「文在寅北朝鮮の犬」という内容で、韓国社会における重要度では「祖先が親日派」とレッテルを貼られることに比べたらかなり「軽い」わね。
それどころか、北朝鮮は韓国軍の事を「狂犬」とか言っているし、文大統領の事を「まぬけ」扱いもしているけど、それにたいして何の反応もしていないしね。


マリサ
なるほど。
で、実際問題その「文大統領の祖先が日本統治時代にしていた官職ってなんだ?
市民を監視する秘密警察とかか?


レイム
この記事にビラに書かれていた事と同じ内容が書かれているけど

ニュース中に「これは国産ボールペン」…日本酒攻防に続き「日本製品探し」
朝鮮日報 2019/08/06
https://web.archive.org/web/20190806050032/http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2019/08/06/2019080680007.html

 #1.「放送中、私が持っているこのボールペンは日本製ではないかという視聴者の抗議の電話が来ました。日本に対する韓国国民の怒りがどれだけ大きいか実感できます。このボールペンは国産です。9時のニュースは以上です。ありがとうございました」

 これは4日夜、KBSのメインニュース『ニュース9』のキャスターがニュースを読み終えた後に言った言葉だ。KBSは翌朝、「『このボールペンは国産です』KBSニュース初の締めくくりの言葉が登場した事情」という見出しで、これを肯定的に紹介したインターネット記事まで出した。すると、ポータルサイト「ネイバー」だけで1000件を超えるコメントが寄せられた。「日本人と結婚した人はみんな離婚したり、追放したりしなければならないのか」「高価な医療機器の90%は日本製だ。手術も受けるなよ」など、ほとんどが冷やかしのコメントだった。「そのニュースを撮っているカメラはどこの製品なんだ」というコメントもあった。KBSのメインニュースの撮影カメラは日本のソニー製だと言われている。

 #2.産業通商資源部はソーシャル・メディアに、現在の状況をアジア通貨危機になぞらえ、事実上の反日不買運動をあおる掲示文を掲載したが、二日後の5日に何の説明もなく削除した。産業資源部はこの掲示文に「我々はどんな民族ですか? アジア通貨危機時に結婚指輪や宝石の指輪を売って外債を返済して世界を驚かせた国民ではありませんか?」と書いた。添付された仮想のカカオトークのメッセージやり取り画像には、「本当に頭に来る。やられてばかりいるつもり? やられた分やり返そう」「痛い目に遭わせてやろう」などの表現が盛り込まれていた。産業資源部側は「否定的なコメントがあったので消した」と言った。

https://web.archive.org/web/20190807124206/http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2019/08/06/2019080680007_2.html

韓日の確執が深まり、国内のあちこちで大小の「反日騒動」が相次いでいる。日本製品を持っていたり、直系の家族の中に日帝強占期の下級公務員がいたりすると、そうした理由だけで進歩系・保守系を問わず抗議と非難の対象になる。与党・共に民主党の李海チャン(イ・ヘチャン)代表が食事をする時に日本酒を飲んでいたことをめぐり、与野党が繰り広げた政界の低質な反日攻防が民間にまで広がったという見方もある。

 ソーシャル・メディア上では5日、文在寅ムン・ジェイン)政権高官らの「日本製自動車保有状況」表が飛び交った。康京和(カン・ギョンファ)外交部長官、金顕哲(キム・ヒョンチョル)元青瓦台経済補佐官、李儀卿(イ・ウィギョン)食品医薬品安全処長ら多数の高官が日本車を持っていたという内容だった。確認の結果、この表はおおむね事実だったが、昨年が基準になっており、昨年から今年にかけて車を処分した公職者もいた。ソーシャル・メディアでは「2020応答せよ、親日派の子孫」という画像も飛び交っている。文大統領の父親は日帝強占期に興南市(現在の北朝鮮咸興市興南)庁で課長を務めていた、など与党系の主要人物たちの父親・祖父が日帝植民統治に協力していたという内容だ。

 日本車に対して、自動車整備業者の一部が修理を拒否したり、攻撃を加えたりする事態まで発生、車の所有者たちは自己防衛策を取っている。日産の車を持つチョンさん(30)は先日、車に「日本車、廃車に行く」と書かれたステッカーを貼った。チョンさんは「人に会うたびに『今、日本車に乗っていて大丈夫?』と聞いてくるので」と話す。街では「日本車で申し訳ありません」というステッカーも売れている。

https://web.archive.org/web/20190807124212/http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2019/08/06/2019080680007_3.html

日本製品探し」運動は大韓赤十字社にも飛び火している。「献血した人に配っているイオン飲料が日本の会社のもの」という非難の声や交換要求などがインターネットを通じて5日までで19件、電話で2件あった。赤十字社側は「今回の要望については来年の業者選定で考慮したい」としている。

 地方自治団体にも火の粉が飛んでいる。ソウル市中区庁では6日から、主要道路の街灯1100本に太極旗と日本ボイコットのバナーを掲げることにした。城北区庁長は2日、石串小学校でプラカードを持ち、保護者らに対日不買運動への賛同を呼びかけた。九老区庁長は2日、区庁玄関前で職員らと共に日本製品日本旅行ボイコットを訴えるフレーズが書かれた紙を持って集合写真を撮った。

 京畿道は5日から今月末まで、「半導体材料・機器の国産化と海外投資誘致アイデア」コンテストを開くと発表した。すると、「21世紀に国民に自力更生をしろというのか」というコメントが寄せられた。京畿道水原市日本製品使用や日本旅行を拒否する「新物産奨励運動」を宣言した。水原市のほかにも安養市・軍浦市・始興市・楊州市などが区庁レベルで日本製品の購入を全面中止することにした。

 LG経済研究院の李地平(イ・ジピョン)常勤諮問委員は「単なるキャンペーンを超え、地方自治団体の長が国家製品について1カ月以上買わなければ、世界貿易機関WTO)政府調達協定に抵触し、国益に不利に作用するかもしれない」と語った。

鄭智燮(チョン・ジソプ)記者


レイム
2019年、日本が韓国に対して「輸出管理強化」をした件に関して韓国が反発を起こした事例に関係して、日本不買運動が始まったのだけど、その当時韓国のSNSで「文大統領の父親は日帝強占期に興南市(現在の北朝鮮咸興市興南)庁で課長を務めていた」「与党系の主要人物たちの父親・祖父が日帝植民統治に協力していた」という話題が盛り上がっていたそうなのね。


マリサ
意味がよくわからんが、なんで市役所の課長を務めていたって事が問題なんだ?


レイム
まあそれは後でやるとして、こちらの2017年の記事によると

ムン・ジェイン大統領の家族関係
中央日報(韓国語) 2017.05.10
https://news.joins.com/article/21557674

【ソウル=ニューシス】イ・ジェウ記者=ムン・ジェイン大統領の家族は、有名人が並んでいたパク・クネ前大統領と比較するとやや平易な方である。 親戚はもちろん、肉親にもよく知られていない。 韓国戦争中にベトナムして北西方向から位置を取るまで貧困を堪えるた家族史弱々しくするほどだ。

文大統領父親の故ムン・ヨンヒョンジュは咸鏡南道興南興南区域出身だ。 当時名門だった咸興農高を卒業した後、公務員試験に合格して興南市庁農業係長・課長を務めた。 穏やかだった彼の人生は韓国戦争勃発で根こそぎ揺れた。 北朝鮮から共産党に入党するよう圧力を受けていたムンさんは、1950年12月興南撤収の時に家族と一緒にベトナムである。

巨済に定着した後、公務員キャリアのおかげで捕虜収容所労働者になったが、輸入が法外に不足夫人のガンハンオク(90)さんが卵行商をして生計を立てた。 文大統領が7歳の頃、釜山影島に基盤を移し靴下問屋をしたが、ムンさんは商売体質はなかった。

結局、ムンさんは借金の束を抱いて崩れ、回復に失敗したまま、1978年に心臓発作で亡くなっ浮かぶ。 ムンさんは勉強をよくしていた息子を誇りに思っていたという。

文大統領は自伝「運命」で「(両親は)何の縁故のない南で正しく生活することができる準備も全くなく、見知らぬ土地の生活を始めた。根失った苦しい生活だった」と記述した。 彼は「私たちの家の貧困も痛かった、分断と戦争のために、父があなたの人生を失ったことが、いつもとても胸が痛かった」とも述べた。 彼は最も後悔していることで父親によくされた姿を見せなかったことを挙げる。

やはり咸興出身避難的な母親カンさんは、夫ムンさんの事業の失敗で加えが傾け者の生活を担当した。 屋台商売や練炭配達など手当たり次第働かなければならいた。 カンさんは、生活苦のために早朝ダフ商売をしようと幼い文大統領を連れて釜山駅に出てきた息子の前で終了不法を犯していない手ぶらで帰ってきたという。

文大統領は、学校を終えて帰ってきた後や休日になるとカン氏を支援練炭リヤカーをドラッグするか、練炭を配達した。 彼は「「お金というのがあまり重要ではない」という、今の私の価値観ではなく、貧困のために、私の中に位置したもの」と自伝に書いた。

姉ジェウォル(68)氏は、家族のために犠牲にした。 勉強をよくしたが、大学進学の代わりに就職して文の大統領を世話をした。 文大統領はジェウォル氏について「私のために夢をあきらめた姉がおらなかった場合、おそらく大学の研究は、夢も見なかっただろう。そして、今日のムン・ジェインはなかっただろう」と話す。 妹ジェソン(62)・在室(55)さんの在室氏は、母親カン氏と釜山影島で一緒に住んでいる。 弟ジェイク(56)氏は、韓国海洋大学を卒業して遠洋漁船の船長として働くことが知られている。

夫人になったキム・ジョンスク(63)夫人は公的価値のために投信夫の生活をそのまま受け入れた。 1975年4月に、反独裁デモで催涙弾に当たって精神を失った文大統領が目を覚ますと、同じ大学の後輩だったキム女史があった。

キム夫人は文当選者の顔をしぼりで拭いてくれた。 デモへの扉次期大統領が拘束されると、金氏は、刑務所で見つけた。 以後キム夫人は軍隊であり、告示勉強するところでドア大統領に会いに行った。 キム氏は、自分の両親の前で夫が警察に連行されていく様子も我慢した。

夫が司法試験合格後、大手法律事務所移籍のオファーも断って、釜山で弁護士をするとしたときにも星も言わずに基づいて出た。 ソウル市立合唱団合唱団員という自分の仕事はあきらめた。 今回の大統領選挙でも文当選の最も強固な支援軍であった。 昨年の秋夕から一週間に一回湖南を見つけて、文大統領の湖南特報役割をした。

文大統領は、金女史と1男1女を置いた。 準用(35)氏は、建国大視覚デザイン科を卒業し、米国パーソンズデザインスクールで修士号を取得した後、メディアアーティストとして活動している。 ダヘ(33)氏は、2010年に結婚してドア大統領のマンションに住んでいる。

準用氏は、2006年に韓国雇用情報院入社当時の好みを受けた疑惑に包まれたことがある。 過去2012年6月17日父親と一緒に「スピーチコンサート」に参加し、支持発言をしたが、今回の大統領選挙期間には姿を現さなかった。

一方、ダヘ氏は大統領選挙の時、「盧武鉉おじさんの家族を見たジャンヌニャ。前それがあまりにも涙出る、悲しい、怖い」と姿を現わさなかったが、8日、光化門の最後の遊説とき、息子と一緒に登場して父親に力を加えた。

文大統領の妻には知られている内容が多くないが、職人・チャンが、ソウル東大門広場市場で韓服家したと伝えられる。 ドア大統領が結婚する時には、職人が江華島で牧場をした。 文大統領が1980年に戒厳恐怖領違反に先の家族の前で警察に拘束されたということは広く知られている内容である。

キム女史の姉はファッションデザイナーとして知られている。 文大統領と結婚したとき、金さんの姉がウェディングドレスを用意してくれたと伝えられた。 一方、文大統領家の故郷である北朝鮮は李のガンビョンオク氏が居住している。 文大統領は、2004年7月第10回南北離散家族再会行事当時母親と叔母カンさんと再会した。

レイム
記事によると「文大統領父親の故ムン・ヨンヒョンジュは咸鏡南道興南興南区域出身だ。 当時名門だった咸興農高を卒業した後、公務員試験に合格して興南市庁農業係長・課長を務めた。」と書かれているのね。


マリサ
名門校を出て市役所に務め、農業課の係長や課長をしていただけか?
それだけ?それが大統領自ら論点をすり替えないといけないくらい重要な事なのか?


レイム
「重要」なのよ。
そしてビラを配った当人も、韓国大手メディアの中央日報のインタビューでビラの目的について答えていて

文大統領侮辱罪の青年「クールでない、文在寅政府」
中央日報/中央日報日本語版2021.05.06 11:43
https://japanese.joins.com/JArticle/278399

文在寅ムン・ジェイン)大統領を批判するビラをまいて侮辱罪で告訴された市民団体「ターニングポイント」代表のキム・ジョンシクさん(34)が4日、中央日報のインタビューで、2年近く警察の捜査を受けたことについて所感を明らかにした。

青瓦台(チョンワデ、韓国大統領府)はこの日、告訴取り下げを明らかにした。キムさんは2019年7月17日、ソウル永登浦区(ヨンドンポク)国会議事堂の噴水付近で文大統領をはじめ、柳時敏(ユ・シミン)「盧武鉉ノ・ムヒョン)財団」理事長らを非難する内容のビラを散布した。警察が先月、起訴の意見でキムさんの事件を送検した事実が中央日報の報道で知られると、告訴の主体が法理上文大統領という点で論議を呼んだ。

キムさんは警察の捜査を受けた際、調書の最後の部分に盧武鉉ノ・ムヒョン)元大統領が生前に残した言葉を書いたという。「大統領を罵るのは民主社会で主権を持つ市民の当然の権利だ。大統領を罵ることで主権者がストレスを解消できるのなら私は快く聞くことができる」。文大統領とチョ・グク元法務長官も引用した言葉だ。

--所感は。

「冷静に考えている。個人的には大統領が誰かを侮辱罪で告訴することは可能だと考える。ただ、柳時敏(ユ・シミン)理事長ら公職から退いた方が名誉毀損で告訴するかもしれないと思ったが、文大統領は『非難を受ける』と話したことがあっただけに文大統領が告訴することは予想できなかった」

--なぜビラをまいたのか

「(執権勢力が)国益を毀損しながらも反日フレームで政治的な利益を得ていると考えた。それで民主党陣営の象徴性がある人物にも(親日に根があるという)疑惑があることを言いたくてビラを作った。自分たちは愛国、民主化勢力であり、他の人は積弊、親日売国奴勢力と二分した。こうした政治的利益のために組分けする行為をやめろということであり、文大統領個人を非難しようとは思っていなかった」

--大統領に侮辱的な内容を入れる必要があったのか。

「数日前から人間として申し訳ない気持ちが強まった。私は自分の立場でこの程度なら過去の大統領が経験したことに比べて強いものではないと考えたが、文大統領の立場で考えてみると、性的な掲示物に関連する内容が逆鱗に触れたのではないかと考えてみた。合成は私がしたものではない。日本の雑誌にあるものをそのまま使った。海外刊行物に出てきた内容をビラに使えなくすればインターネットを遮断する中国と変わらない。とにかく相手が少しでも不快に思ったり腹が立つような内容を公開的に散布すれば、心が穏やかな人はいない。人対人として申し訳ない」

--告訴の主体が誰か分からないまま捜査を受けたというが。

「もどかしさを感じた。被疑者として立件された時、文大統領が告訴したのかと尋ねても答えてくれなかった。私を侮辱罪で告訴することは可能だが、なぜ私の私的な領域を、告訴主体が誰であるかも話さずにあらゆることを暴こうとするのか。比較されるのがチョ・グク元長官だ。チョ元長官は家族に不正関与疑惑があり、それのためにも携帯電話のデジタルフォレンジックをして事件の概要を明確にできるにもかかわらず、プライバシー保護という名目でフォレンジックをしなかった。私はプライバシーを保護されなかった。これは重大犯罪でもなく、それほど複雑な問題でもないのに、フォレンジックをすることなのか」

--容疑に合うレベルで捜査をしなかったということか。

「携帯電話を奪われる時は怖かった。捜査方式が本当に良くないと感じた。侮辱罪で移動通信会社に要請してすでに私の移動を把握していた。携帯電話でフォレンジックをする時、パターン暗号が解けず、私が個人的に携帯電話を開く時の姿を撮影した映像を刑事が捜査官に送り、パターン暗号を解除した。合法的な証拠収集方式なのか分からない。予測できないのが恐ろしい。警察が相談センターを訪ねて携帯電話捜索差押許可状を出した時、中では相談が行われている途中だった。結局、昨年3月に相談センターをたたんだ。携帯電話が押収されたことが、センターの職員や周辺人物に及ぼした影響が大きかった。警察はすぐに『家に行って捜査することも可能だ』と言った。もし自分の家を捜索されていたと考えれば本当に我慢できなかったと思う」

--捜査を受けるのがつらかったということか。

「そのためかどうかは確実でないが、円形脱毛症が500ウォン硬貨ほどになった。2019年末にあった。今は治っている」

--30代の一般の人ではないという指摘がある。

「弟が政党活動をし、昨年、私も保守党の比例代表を申請したために出てきた指摘のようだ。しかし政治的な声を出す前、私は個人事業者だった。ただ政治的な良心から声を出しただけだ。国民の力側がこの事件について話すが、私が不当な捜査を受けた当時、何も助けてくれなかった。私は人身攻撃と家族に対する冒とくを受けたが、これを甘受する。昨年、比例代表を申請した当時は、携帯電話を押収されて強い怒りを感じていて、『自分には何の力もない』と感じた時だった。それで政党活動をしてみようと思った」

--青瓦台省察の契機にすべきだといったが。

「問題は私にあるのではなく、向こうが先に省察をすればいい。侮辱は向こうも日常的にしている。片方は純血であり、別の一方は悪党であるかのように分けること自体がすでに侮辱だ。今回の事案は避けながら次を見ようというニュアンスのように感じられる。クールでない。文在寅政府」

--表現の自由と侮辱の間の境界はどこにあるのだろうか。

「侮辱かどうかという線を引くことができるのが権力であるようだ。過去の大統領はネズミ、鶏と罵倒され、朴槿恵(パク・クネ)前大統領にはヌード画の合成も出てきた。それは問題にはならず、これは問題があるということなのか。警察の調書で一番最後に書いたのが『大統領を罵ることで主権者がストレスを解消できるのなら、私は快くで聞くことができる』という盧武鉉ノ・ムヒョン)元大統領の言葉だ。個人的に盧元大統領は権力者に対する表現の自由を増進した指導者だと考える。魅力的な人物だ。それでこの言葉を書いた。文大統領は『盧武鉉の友人』という後光を大きく受けたが、盧元大統領が国民に接する方式とは違って偏狭だと感じられる」

--言いたい言葉は。

「これ以上、組分けをしなければよい。光化門(クァンファムン)大統領になる、批判があれば光化門で意思疎通をすると話していたが、監査機関を動員して個人を抑えつける程度にしかならない。これまで批判してきた権力者らと何が違うのか」



レイム
ビラを作った動機として「民主党陣営の象徴性がある人物にも(親日に根があるという)疑惑があることを言いたくてビラを作った。」と答えていて、主題が実質的に文大統領の父親の職歴にあったことを証言しているのね。


マリサ
というかいまいちよくわからんのだが、官職と言っても警察や軍に関わっていたわけでも、政治家などのように統治に直接関わっていたわけでもない農業課の課長が何でそんなに問題なんだ?わけわからんぞ。


問題の本質


レイム
そこには韓国で行われている教育が深く関わっていてね。
例えばこの記事のように

日帝強制占領期間私たちの農村に対する収奪どのように成り立ったか?
コリアンスピリット(韓国語) 2021.01.06
http://www.ikoreanspirit.com/news/articleView.html?idxno=61611

日帝強制占領期間、日本は朝鮮を永久に植民地化しようと東洋拓殖会社を筆頭に農業移民政策を展開した。

全北(チョンブク)井邑市(チョンウプシ)禾湖里(ファホリ)は政策初期移住地に選ばれ、多くの日本人が移住して大規模農場が開設された。開墾された多くの農地と大地の所有権はクマモト・リヘイ(熊本利平)等日本人に移転され、自営農だった土着民は小作農に転落した辛い歴史があった。

一方、解放後には熊本利平農場所属医師だったイ・ヨンチュン博士が劣悪な農村保健問題を改善しようと残って農場施設を活用し入院室と内科など5科の診療科目を備えた禾湖里中央病院を設立しその跡が残っている。

文化財庁国立完州文化財研究所は日帝強制占領期間の農村収奪と解放後の農村保健の歴史が残っている全北井邑市禾湖里で実施した学術調査結果を入れた報告書《日帝強制占領期間、農村収奪の記憶・禾湖里Ⅰ》を発刊した。

今回報告書には植民地禾湖里の日本人地主と禾湖里の植民地記憶、景観をはじめとして
△新聞記事と地図、写真、公文書等を通して当時の禾湖里の歴史と人文地理考証
△建築物の現況と不在種調査、植生調査、石材産地調査、デジタル記録を試み、
近‧現代の有形資産の総合的調査‧研究‧記録成果を記録した。

国立完州文化財研究所は教育資料で活用できるように禾湖里に残った積算家屋6棟と解放後空間変化などをデジタル映像資料でも製作した。この映像を報告書のQRコードに挿入し、スマートフォンなど携帯機器で再生して見ることができるようにした。

日帝強制占領期間、農村収奪の記憶禾湖里Ⅰ》は国公立図書館、地方自治体などに配布される。

カン・ナリ記者


レイム
「日本は統治時代に農村の土地を収奪し、多くの人々が小作農に落とされた」という話になっているのね。


マリサ
またこちらの事例では

<光復75周年-日帝強制動員、奪われた家族1>「父の棺には水だけがあふれていた」80歳の息子のサハリン悲劇(1)
中央日報/中央日報日本語版2020.08.14 13:48
https://japanese.joins.com/JArticle/269231

今年で光復(解放)75年。日帝の収奪に飢えた家族と故郷を後にして連行されるほかなかった日帝強占期の強制動員780万人。初々しく活力みなぎる20歳前後の朝鮮の若者たちは暗鬱だった韓国現代史の闇を通り過ぎながら、死ぬかけがをするか生きて帰ってきた。そして75年の歳月が流れた。やっとよちよち歩きを始めた1歳の息子が、母親のお腹の中で遺腹子として生まれて顔も知らない父親を描いて生きてきた娘が、今や白髪が目立つようになり歳を取り老いていく。

父親不在のまま生き抜かなければならなかった遺族の家族史75年。彼らはどのように生き、どのように生き残ったのか。乾いた涙の告白ではない。生涯会うことができなかった父親の空席を意識して生きなければならなかった彼らにとっては痛切な苦難、最後の最後に成し遂げた人間勝利の壮厳さが混在する。父親の遺体を遠く海外から迎え、遺族賠償運動に身を捧げて戦ってきたが老年にやってきたのは貧困だけで手元には何も残っていない。「慰安婦おばあさんにも娘はいます」と涙で絡まる回想もある。父親が倒れていった南洋諸島の広々とした海に花を手向ける彼らのしわだらけの横顔は私たちの歴史の鏡だ。

日帝強占期被害者遺族、彼らが生きてきた人生の物語を聞く。彼らはどのように歳月を耐え抜き、生き残ったのか。波乱の韓国史、その空間の横糸と時代の縦糸の中を通り過ぎてきた遺族の至難極まる人生の軌跡を作家のハン・スサンが訪ねていく。

「父は5人兄弟姉妹の3番目でした。兄弟の中から誰か一人は行かなくてはならないというから、『お前がいって苦労してこい』と言われて連れて行かれたそうです。私が4歳のときのことなのでどこに行ったのか分からないまま『北海道からも3000里離れた遠方』に行ったと、そうとばかり思って大きくなりました」

サハリン強制動員被害者の故イ・ソクドンさんの息子、イ・ヒグォンさん(80)の回想は淡々と続いた。

解放を迎えたが夫は帰ってこなかった。年若い妻は月が明るい夜になると、幼い息子を連れて川辺に来て、白い容器に水を汲み夫が戻ってくるように祈った。幼い息子のイ・ヒグォンさんの胸に刻印されたこの姿だけは歳月が流れても錆つかない記憶として残った。

その後、韓国戦争(朝鮮戦争)が勃発し、伯父と一緒に先に避難していた息子と母親は運命が交錯して互いの所在が分からなくなった。親子はもう二度と会えない生き別れとなった。戦争は終わったが、一日にして孤独な人間になった息子は伯父の家に住み込み育った。

「どうして学校に行かせてくれなかったのか分からない。国民学校も中退し、農作業だけしていたので勉強できなかったことが恨(ハン)となった」

1965年10月に陸軍を満期除隊して戻ってきた彼は誰にも言わずに家を出た。持って行くカバンさえなく、除隊するときに担いできた軍用鞄に荷物を入れてソウル駅に降り立ち、野宿でしのいだ。

仕事を探し回った末、漢江(ハンガン)の近くの九宜洞(クイドン)のレンガ工場で一人立ちが始まった。レンガを背負う肩と背中はただれる苦痛に耐え、冷凍食品輸出会社プンヤン産業に入社し、会社で出会った女子社員のイ・ヨンファさんとの間に芽生えた愛が結婚まで続いた。いつのまにか彼は29歳になり、花より美しい花嫁は22歳だった。結婚式で新郎・新婦のチョル(韓国の伝統的な挨拶)を受けたのが叔母だった。両親がいないという喪失感と自分は一人なんだという佗びしさが押し寄せてきた。

「なぜこの人がチョルを受けなければならないか考えると胸が張り裂けそうですが、これほど悲しいことはありません。父や母のことがこれほどまでに思い出されるのに…。どれほど悲しかったか」

雨が降った地面もいつかは乾くだろうと信じていた。長男に続き第二子にも恵まれ、少しずつ暮ら向きも良くなっていった。

稼ぐために大林(テリム)建設のサウジアラビア海外建設現場にも行ってきたし、帰国後はヨンイン輸送の座席バスの運転手になった。家長として「ただ、正しく、ひたすら一生懸命に生きよう」、そう固く思うばかりだった。

ある日、六親等の甥から驚くような連絡をもらった。父がサハリンで生きているというのだ。月刊誌『マダン(広場)』1980年4月号でチョ・ヤンウク記者が書いた記事だった。京畿道坡州(キョンギド・パジュ)出身のイ・ソクドンさん。故郷を離れて38年、4歳の時に別れた息子の消息を尋ねていた。

「ヒグォンはしっかり育って成人になっただろうか。成長していたら今42歳になっているだろう。ヒグォンよ、母親も生きているか」。

40歳になった息子の年齢さえ42歳と記憶している父と息子の手紙のやりとりが遠い海を挟んで始まった。未修交国のソ連から日本に手紙を送ると、それが再び大邱(テグ)の中小離散家族会を通じて息子に配達された。数カ月かかる時もあった。

「私は一人暮しをしながら寂しくはあるが、日常生活では何の心配もないので幸いだと思ってほしい」「私は瑞山(ソサン)に沈む太陽と同じだ。遠からず80になるが、この無念を誰に話すというのか。全くあきれることこの上ない」。手紙を読もうとすると、嬉しさよりも先に離散の悲しみで胸が痛んだ。

父が生きているなら、いつか迎えて一緒に暮らすことができるだろうという希望の日々が流れた。いつのまにか長男は大学を卒業して米国に留学し、初孫の誕生を知らせてきた。次男も結婚して年子で2人の孫を抱かれてくれた。年が変わり、長男がニューヨークの大学で教授になったという喜びの便りが飛び込んできた。

しかし、喜びと悲しみは隣り合わせだ。1987年、サハリンから悲報が飛び込んできた。友人のイ・ヨンハさんが送った手紙だった。

「ヒグォン。その間、元気だったかい。君に悲しい知らせがある。君の父が亡くなった…。死亡日は陽暦5月24日朝6時ごろ、葬式は29日にした」。サハリンから送られた手紙が日本を経て伝えられるまで2カ月以上かかり、ようやく息子は父の死を知った。

兄弟に代わって日帝の徴用で連れて行かれた。解放を迎えたが、未修交国で帰国の道が閉ざされた彼に祖国はなかった。冬ならマイナス40度を上下する凍りついた土地サハリンで無国籍者として生きた。妻と子供がいる家へ帰るという一念で独身として生きた一人の男の人生はそのようにして幕を下ろした。忘れないで大事に持っていた故郷の住所も、寝床を涙で濡らした故郷の道も、握りしめた手から砂のようにこぼれて彼は土に戻った。息子と手紙のやりとりを始めてから5年目の離別だった。

レイム
韓国では1930年代から「強制連行(徴用)」があったという事になっていて、その前提でこの記事では「日帝の収奪に飢えた家族と故郷を後にして連行されるほかなかった」と書かれているわ。


マリサ
要するに、日韓併合時代に日本は朝鮮半島の農地や食料を収奪し、人々は飢えていたという…あ。


レイム
「気付いた」ようね。
つまり日本統治時代に市役所の「農業課課長」をしていたという事は、韓国において「日本の手先となって収奪に加担したこと」になるのよ。


レイム
さらに問題はそれだけではなく、さっきの記事で文大統領の父親は「名門高を卒業し」となっているでしょ?
朝鮮半島の人々は弾圧され搾取され飢えていた「はず」なのに、名門校に入学して市役所に就職したという事は、彼らのなかでは「日帝の手先」ということなのよ。


マリサ
つまり、文大統領の父親は日本の手先となって「良い暮らし」をし「収奪に加担していた」という事になるわけか。
でもさ、あくまで父親の事で息子の文大統領には関係ないんじゃないか?


レイム
それが違うのよ、こちらの記事を読んでもらうとわかるけど

「南怡島は親日派の遺産ではない」…法廷紛争約100件ですべて勝訴=韓国(1)
中央日報/中央日報日本語版2021.05.06 10:00
https://japanese.joins.com/JArticle/278388

2019年12月、行政当局の不注意で南怡島(ナミソム)入口に橋が建設されるところだったと報道したとき、各種ポータルサイトにはこれに関するコメントが3000件余りがついた。先月30日、「南怡島の兄弟」済州タミナラ共和国が開場すると伝えたときも400件を越えるコメントがついた。南怡島はこれほどまでにホットな場所だったのか。そうではなかった。コメントの9割以上が悪質な書き込みだった。表現や程度に違いはあるが、内容は一つだった。「南怡島は親日派遺産だ」。

ここ4~5年間、南怡島関連の記事を書くたびに「親日派コメント」が数多く書き込まれる。毎回コメント欄がこのような書き込み一色になるため、何か決まった手続きのようにも感じられる。南怡島は本当に親日派の遺産なのだろうか。サイバー空間に飛び交っているうわさはすべて事実なのだろうか。結論から言えば、南怡島は親日財産ではない。裁判所の決定だ。すでに報道機関10カ所余りとネットユーザー数百人が処罰を受けたか、間違いを謝っている。虚偽情報が無分別に拡散する状況をそのままにしておくべきではないので、ここで事実をはっきりさせておきたい。

◆南怡島の設立者は親日派なのか

違う。南怡島設立者の守齋(スジェ)閔丙ド(ミン・ビョンド)会長(1916~2006)は親日派ではない。盧武鉉ノ・ムヒョン)政府当時、親日反民族行為者財産調査委員会が作成した親日反民族行為者名簿はもちろんのこと、民族問題研究所が発刊した親日人名辞典にも閔丙ドという名前はない。

◆南怡島設立者は親日派と関係はないか

関係がある。日帝から「子爵」の爵位を受けた親日派の閔泳徽(ミン・ヨンヒ、1852~1935)が閔丙ドの祖父だ。だが嫡流ではない。閔泳徽の庶子中に閔天植(ミン・チョンシク)がいたが、閔丙ドは閔天植の養子だ。閔丙ドの養父・閔天植は親日関連の記録がない。若くして亡くなった。庶子の養子でも子孫は子孫だ。閔丙ドは親日派の子孫であることは間違いない。しかし、親日派の子孫と親日派はイコールではない。

親日派の子孫なら南怡島は親日遺産ではないのか

南怡島は受け継いだ財産ではない。南怡島によると、南怡島は閔丙ドが1965年に韓国銀行総裁を退職し、月給や退職金などを集めて購入した。閔丙ドは韓国銀行から退職するまで28年間銀行で働いた。

◆遺産として南怡島を購入したのではないのか

南怡島親日遺産論争で最も核心の部分だ。ネット上では「閔泳徽から相続した財産で南怡島を購入した」「明成(ミョンソン)皇后が隠したお金で南怡島を購入した」といううわさが飛び交っている。これに関連してある裁判所の判断がある。ソウル中央地裁2019年6月29日判決文のうち一部を下に引用する。

「閔丙ドが南怡島を購入した当時、南怡島の価格は1610万ウォン程度だったと推定される。これを2018年の貨幣価値に換算すると約6億1105万9400ウォン(約5933万円)程度である故、当時まで閔丙ドが築いた社会的経歴とこれに伴って蓄積されたとみられる資力を考慮すると、閔丙ドが自ら購入可能な金額だったと考えることができる」。

https://japanese.joins.com/JArticle/278389

◆政府の親日財産還収を避けようと南怡島を法人登録したのではないのか

閔丙ドは1965年に南怡島を購入した。その時期の南怡島はピーナッツ程度をやっと育てられるような砂島だった。義兄弟の閔丙渇(ミン・ビョンガル)博士(1921~2002)が忠清南道泰安(チュンチョンナムド・テアン)海岸に入って千里浦(チョンリポ)樹木園を作ったように、閔丙ドも余生を砂島に木を植えながら過ごした。南怡島は1966年(株)慶春観光開発として法人登録され、2000年(株)南怡島に商号変更した。親日財産還収事業は2003年に始まった盧武鉉政府時期のものだ。

◆南怡島の支配構造はどうなっているのか

ネット上で飛び交っているうわさのうちにこのようなものがある。「南怡島所有主の一家のほとんどが米国国籍で、南怡島の収入の相当部分が彼らが住んでいるロサンゼルス(LA)に送られる」。最も悪意が含まれたうわさだ。南怡島は閔家が相続して経営するファミリー企業だ。閔丙ドの息子の閔雄基(ミン・ウンギ)会長に続いて専門経営者カン・ウヒョン、チョン・ミョンジュン代表を経て今年3月1日に孫のミン・ギョンヒョク氏(49)が代表理事に就任した。家族のうち米国国籍者は一人もおらず、LAに住んでいる人もいない。

◆南怡島復活神話の主人公、カン・ウヒョン氏とは一体何者か

IMF国際通貨基金通貨危機直後、南怡島は深刻な経営難に陥った。実際、南怡島を売却しようとする動きもあった。だが売却に失敗すると、南怡島は専門経営者でグラフィックデザイナーのカン・ウヒョン氏(68)を代表に迎えた。代表就任初年度の2001年、カン氏の月給が100ウォンだったというエピソードは有名だ。南怡島を韓流観光名所にしたカン氏は2014年、済州島(チェジュド)に行き、タミナラ共和国を作っている。タミナラ共和国は南怡島の出資会社だ。現在、カン代表は(株)南怡島とは関係がない。どのような職責もない。それでも南怡島との縁で親日派だと非難を受けている。

◆南怡島はどのように対処したか

(1)報道機関15社に対して言論仲裁委員会提訴→報道機関15社の記事修正および削除

(2)時事週刊誌に対して名誉毀損訴訟→裁判所、記事のうち問題になる文章3カ所の削除判決

(3)悪質コメント・掲示物・映像を作成したネットユーザー・ユーチューバー85人告訴→ネットユーザーのほとんどが謝罪してコメント・掲示物を削除

(4)NAVER(ネイバー)・Daum(ダウム)などポータルサイト名誉毀損に該当するコメント削除処理件数1300件

4日、南怡島が明らかにした虚偽情報に対する対処結果だ。ほとんどが2016~2018年に処理された事案だ。虚偽情報に関する紛争で南怡島は負けたことがない。ミン代表に南怡島の立場を聞いた。

「コロナ事態以前は毎年100万人を超える外国人が南怡島を訪問した。海外では韓流名所として脚光を浴びる南怡島が、国内では親日遺産だと非難されている現実には正直言って当惑している。サービス業なので訴訟のような法的対応に最大限気を付けている。悩みは多い」


レイム
記事は「韓国のリゾート地の所有者だった閔丙ド(ミン・ビョンド)という人物は親日派か」という議論についてなのだけど「確かに祖父が爵位を受けた親日派だが、閔丙ド自身はその息子の養子なので直系ではないから親日派ではない」と書かれているのね。


マリサ
要するに、親日派の孫ではあるけど養子だから親日派ではないって事か?
これって血縁で「親日の罪が連座する」ってことか?


レイム
そういう事。
つまり、この記事から解るのは、韓国において「親日という罪」が血族間で連座していく概念であるって事よ。


マリサ
あー…、そういう事か。
だから文大統領は、自分の父親が日本統治時代に市役所で農業課の課長をしていたって事をビラにされるのが都合が悪くて、これ以上広められないために「それ以上この問題を広めるとこうなるぞ」とみせしめに脅そうとしたが、思いのほか政治問題化して慌てて告訴を取り下げたと。


レイム
そもそも文大統領事態が「積弊清算」の名の下に事実上の親日子孫狩りをしていたから、この情報が拡散されるのは政治的にも非常に都合が悪かったというわけ。


マリサ
つまり、「日本の右翼雑誌の記事を掲載した」なんてことは誤魔化しに過ぎなくて、ビラの主題部分である「文大統領の父親の職業」が最大の問題だったって事だな。

今回のまとめ
・文大統領が自身を非難するビラを配った人物を告訴したが取り下げた
・ビラに書かれている文大統領の父親の日本統治時代の職業が問題だった
・韓国では「日本は朝鮮半島当時地代に朝鮮を搾取した」事になっている

レイム
それでね、過去動画でも説明した親日派財産没収法にも関わってくるのだけど、韓国において「本気の親日狩り」をやってしまうと、恐らく無関係な人なんて殆どいなくなるのよ。


マリサ
どういうことだ?


レイム
韓国では「日本は朝鮮統治で搾取し人々を奴隷にした」「良い暮らしをしたのは日本に媚びた親日派のみ」という事になっているけど、実際にはほとんどの人は「普通の暮らしをしていた」からよ。


マリサ
つまり、実際には搾取なんてなくて普通の暮らしをしていたから、本気でやると現代のほとんどの韓国人が「親日派の子孫」になってしまうって事か。


レイム
そういう事。
実際、親日派財産没収法が韓国の国会で議論されていた2005年頃、与党と野党で「親日レッテル貼りの泥仕合」になったこともあるから、しようと思えばいくらでも親日派にこじつけられるしね。


マリサ
なるほど。
そして今度は文大統領がそういう認定を受ける可能性まで出てきたと。


レイム
今のところはまだ大丈夫だけどね。
韓国において重要なのは「その時の感情的利益」と「他者の劣等性から自己の優越性を導き出す」という価値観だから、この条件に当てはまらない限りはターゲットにならないわよ。


レイム
実際、韓国において第二次大戦時に日本軍に軍需品を納入していた企業は「戦犯企業」のはずなのに、軍への納入実績のある東レダイキンは韓国で問題なく工場を運営しているしね。


マリサ
なんつーご都合主義な。


レイム
それが韓国社会の価値観だもの。
「韓国的正しさ=その時の感情的利益」とぶつからない限り、韓国では都合の悪い事は無視されるのよ。


レイム
というより、彼らにとって「理由」は二の次で、重要なのは「利害が対立する相手の劣等性を指摘する事」だから。


レイム
そんなわけで今回の本編はここで終わるわ。


レイム マリサ
ご視聴ありがとうございました。


大口
おつかれ~


大口
ところで、今回の問題って実は日本とも深く関わっていて、この手の問題って日韓友好を訴える人たちの反応が非常に興味深いんだよ。


マリサ
どういうことだ?


大口
彼らの中でも「日本は朝鮮半島で搾取した」という話が一般化していて、否定的な意見をすると無条件にネトウヨ認定をうけるのだけど、今回の文大統領の父親の件のような事例って韓国では沢山あって、その話をすると思考停止してしまうんだよ。


レイム
ああ、彼らにしてみれば「搾取」を否定することができないと同時に、さっきのような事例との矛盾を解消するためには「搾取はなかった」とするしかないから、相互の情報が干渉しあって答えが出なくなるわけね。


大口
そういう事。
結果、彼らにこの手の問題を指摘すると、ジョージ・オーウェルの小説「1984年」で言及されている「二重思考」そのものな反応をするわけ。


マリサ
二重思考って、ウィキペディアでは「舞台となっている全体主義国家では民主主義などは存立しえない、という事実を信じながら、なおかつ、国家を支配する「党」が民主主義の擁護者である、というプロパガンダをも同時に信じるなど登場人物の思考に大きな影響を与えている。 」と書かれているな。


大口
二重思考がどういうものなのかを知る上で非常にわかりやすい「具体的事例」のサンプルなんだよね。


レイム
価値観の違いの存在を認めず、強引に「日本と同じ」としてしまっている事の弊害よね、これ。


マリサ
なるほどな。


レイム
そんなわけで今回はここで終わるわ。


レイム マリサ 大口
またらいしゅ~



お知らせ。
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