日韓問題(初心者向け)

日韓問題について、初心者でもわかりやすい解説と、日韓問題とマスコミ問題の動画のテキスト版を投稿しています。

韓国では日韓の関係改善努力を「したこと」になっている


さて、今回は以前も書いた韓国特有の価値観や考え方であるかくあるべき姿」と「○○のせい」と「責任の概念の違い」に関係した内容となります。


この3つの独特な概念について詳しく知りたい方は、過去記事のリンクを貼っておくのでそちらを参照してもらうとして、今回大雑把に説明すると。


韓国では一般的に、実態としてどうなのか、現実にどうなのかといった事は殆どの場合重要視されず、「かくあるべき姿」つまり自分達の理想とする自己の姿が「常に成されている」と考える傾向にあります。
つまり、仮に実際にはその理想とする姿と程遠くとも、「常に自分はその理想を体現している」と考え、その前提で話を進めるという事です。


「○○のせい」はそのままの意味です。
要するに問題が起きたら常に自分には一切落ち度がなく、問題は全て他者が原因であるとし、その前提で問題の解決を図るという事です。
またこれは、明らかに問題の原因が自身にあるとしても、その自らの行いすらも他者のせいにしたり、「他者にも問題があるのだから自分の問題は些細な事」と転嫁する傾向にもあります。


最後の「責任の概念の違い」については、要するに韓国では「(自身が)負う」責任という概念が一般的に存在せず、基本的に責任とは「(相手に)負わせる」物だという事です。
日本でも責任を「負わせる(負わされる)」という事はありますが、それと同時に自ら負う責任と言う概念も存在します。
韓国には後者が概念的に一般的ではないと考えてください。


この韓国独特の3つの価値観や考え方が複合した結果、韓国は様々な問題において「自分達は一切変わらない、相手は無条件にこちらの要求を受け入れ変わるべき」という態度を取ります。
自身は常に自己が理想とする何の落ち度も無い「正しい」状態であり、だからこそ問題が起きるのは常に他者のせいであり、結果に対する責任は常に誰かに「負わせるもの」である事から、こういった反応になるわけです。


現在の日韓情勢においてもこの前提は一切変わりません。
この事から、現在の韓国では「自分達は日韓の関係改善のための努力をしたにも拘らず、日本がそれを台無しにしている」という論調が高まっています。
以下の記事を


<安倍首相の米議会演説>韓国外交ライン、こじれた韓日関係をほどくために努力したが…
2015年04月30日10時31分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
http://japanese.joins.com/article/764/199764.html
(前略)
だが具体的評価には慎重な態度を見せた。大部分の当局者は「全体的な状況判断は安倍首相の上下院合同演説が終わった後にするのがふさわしいのではないか」として言葉を慎んだ。ただし「韓日関係を改善しければならない緊急性がより高くなった」という指摘もあった。

安倍首相が慰安婦問題を人身売買に例え、進展した歴史認識を見られなかったことについては「ひょっとしたらと思ったが、やはり」だったと述べた。

特に今月に入って政府外交ラインはこじれた韓日関係をほどくためにさまざまな努力を傾けており、物足りなさがさらに大きいと言った。

朱鉄基(チュ・チョルギ)青瓦台(チョンワデ、大統領府)外交安保首席は5日、青瓦台近郊で慰安婦被害女性の居住施設であるナムヌの家の関係者に会った。ナムヌの家の関係者は「朱首席が日本政府と繰り広げている慰安婦交渉に関した話をしながら、おばあさんの意見を聞いていた」と説明した。慰安婦問題の解決の基準である「被害女性が満足するだけの水準」を確認するために青瓦台が立ち上がって動いたということだ。この過程で駐日大使をつとめた李丙ギ(イ・ビョンギ)大統領秘書室長も大きな役割を果たしたという。与党の核心関係者は「これまで外交部で日本に強硬な態度で一貫して悪循環が続いてきたし、歴史問題の解決が優先だという大統領の原則も確かだった」として「最近李室長が、韓日関係を改善しなければならないとして大統領の“基準”を低くするために説得に出ながら外交安保ラインの雰囲気が多少変わった面があった」と伝えた。



実際のところどうなのかといえば、韓国は官民あげて日韓の間にある安保問題などと歴史問題を分離して外交にあたって行く「ツートラック・アプローチ」という目標を、先月頭頃からしきりに宣言していたのですが、実際は「宣言しただけ」で、実態としては以前から何も変わっていません。


先日の安倍首相の米議会演説に関しても、今年2月頃から先月の演説直前まで、延々と妨害とプロパガンダ活動を続けてきていましたし、更には以下のようにアメリカに要求し、延々と「拘り」続けています。


<インタビュー>元米国務長官「安部首相の米議会での発言を見守る」(2)
2015年04月29日13時47分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
http://japanese.joins.com/article/726/199726.html
金=米国と日本は防衛協力の指針を改定し、日米軍事同盟を強化、格上げする。中国を牽制するためだというのは分からないわけでないが、米国が日本に安保の役割を過度にアウトソーシングするのではないだろうか。

パウエル=もう少し根本的な観点で見る必要がある。日本はその間、自衛権の行使を封じる憲法と国民的な感情などを理由に対外的に軍事力を使うことを避けてきたが、安倍首相が進もうという方向が「日本の防御のための措置」という点では正しい方向と見ることができる。経済的に富強な国が強力な兵力まで備えている国際社会でより大きな役割を担うというのに、それはいけないという理由があるだろうか。我々は日本にアウトソーシングするものはない。安保パートナーとして一緒に進もうということにすぎない。

金=韓日関係は韓米日三角安保協力体制の重要な部分だが、慰安婦を含む過去の歴史のため前に進めない。韓国と日本が妥協(Modus vivendi)するよう米国が作用する余地はないのか。

パウエル=それは韓国と日本が解決する問題だ。

金=とはいえ、米国は韓国と日本に関係改善の圧力を加えるほどの影響力があるのでは。

パウエル=それは微妙で敏感な外交的問題であり、米国が動くことはできない。それは夫婦げんかへの介入と似ている。夫の肩を持てば妻が怒り、妻の肩を持てば夫が怒る。中間に立つのは容易でない。もちろん時々、中間の立場で助けになることはあるだろうが、最終的には2人が解決しなければいけない問題だ。
(後略)


要するに、自分達は歴史問題を直接口実にしないから、アメリカが変わりに歴史問題を口実にして欲しいと、そういう事です。
これでは「以前と何も変わっていない」のですが、韓国人的にはこれでも「努力した」事になっているのです。


なぜならばツートラック・アプローチを「宣言したから」です。
宣言した時点で「かくあるべき姿」は自動的になされた事になり、また成されているのだからそれでうまく行かないのは他者のせいとなり、更に彼らにとって責任とは他者に負わせるものであり自分達には一切の責任がない“はず”ですから、自らの言動に責任を持つという発想そのものが無いので、自分達は努力したはずなのです。


実態としては歴史問題と安保問題を一切分離できずに「拘ったまま」ですから、結果的に何一つ進展が無いのですが、韓国では完全に「日本が悪い、日本が我々の努力を台無しにした」という結論に行き着いているわけです。


安倍首相演説は韓国の期待に及ばず 遠のく関係改善
聯合ニュース 2015/04/30
http://japanese.yonhapnews.co.kr/relation/2015/04/30/0400000000AJP20150430001100882.HTML
【ソウル聯合ニュース安倍晋三首相が29日午前(日本時間30日未明)、日本の首相として初めて米議会上下両院合同会議で演説したが、歴史認識の表明をめぐっては韓国政府の期待に遠く及ばなかった。慰安婦問題などを抱える韓日関係の改善は当分見込めそうにない。

安倍首相は演説で第2次世界大戦に対する「痛切な反省」を表明し、歴代首相の歴史認識を引き継ぐことを強調した。しかし、「アジア諸国民に苦しみを与えた」という表現はあったものの、侵略や植民地支配に対する謝罪や慰安婦問題には言及しなかった。

 今年は韓日国交正常化50周年と第2次世界大戦終戦70年にあたる。安倍首相は先ごろのアジア・アフリカ会議バンドン会議)60周年記念首脳会議での演説、今回の米議会演説と、歴史認識を明確にする機会を得ながら、韓国などの呼び掛けにはついに応えなかった。

 韓国政府は対日関係で、歴史問題に関しては原則を保ちながらも安保や経済など互恵的な分野で協力するという「ツートラック政策」を取っているが、安倍首相が今回も期待に背いたことで、関係改善に弾みをつけることができなかった。むしろ韓日間の溝は一層深まりそうだ。
(後略)


このように、現在韓国では「韓国的価値観では当たり前の反応」をしているわけですが、当然それは韓国でしか通用しない考え方であり、現実にはアメリカは韓国の想定から外れた反応をし、その結果韓国内では「韓国の外交的孤立」というフレーズが頻繁に飛び交っています。


要するにこれは、韓国は自国の歴史観を「世界で通用する絶対普遍の正義」と考え、その前提でアメリカに働きかけた結果「思惑が外れた」だけなのですが、思惑が外れたからと彼らは自分達の「絶対的正しさ」が間違っていたとは一切考えていません。


彼らは「外交的孤立になったのは、(韓国人の想定する)道徳的な絶対普遍の正しさよりも、アメリカが俗っぽい目先の利益と日本側のロビーに折れたからだ」と考えています。
そこで、今後も韓国人の道徳的正しさ=慰安婦問題を積極的にアピールしていかなければならないとする論調が、韓国では非常に多いです。
まあ、要するに韓国は以前から何も変わっていないという事なのですが。


【コラム】安倍首相を抑え込むには(2)
2015年04月30日09時51分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版
http://japanese.joins.com/article/757/199757.html
(前略)
要するに日本政府は広報・ロビー企業を雇用して積極的に米国の首脳部に接近し、ファシストを公言する極右者が生前に作った民間団体は歪曲された歴史認識を米国にまき散らすために波状攻勢をかけたという話だ。これに対抗して韓国政府と民間は声明発表・公務員接触・デモ・抗議書簡・新聞広告などで大衆を相手に日本の歴史歪曲の行為を必死に告発した。だが、このように米国の心臓部にひそかに食い込んだ日本を相手にしては力不足だったのかもしれない。

今こそ国益を守るために対米アプローチのパラダイムを根本的に切り替えなければならない時だ。費用がかかっても米国を動かす人に公式・非公式的に接近して心を動かせる手堅い広報とロビー戦略が必要だ。そんな人物を探して外交の全面に配置する案もある。果敢に外国広報・ロビー・戦略・マーケティング企業を雇用する案も積極的に考慮しなければならない。韓国の外交官たちがいかに有能で忠誠心にあふれていても、彼らだけでは日本に敵対し韓国の国益を守ることが容易ではないということを、安倍首相の訪米成果が見せているのではないだろうか。


これが現在の韓国の情勢です。
想定通りに行かなかった事に危機感は感じているようなのですが、最初に挙げた3つの独特な価値観の影響もあり、「自分達は何も変わらない、相手はこちらの要求を受け入れ無条件に変わるべき」という「いつもの結論」にしかなっていないわけです。


これからも韓国の「いつもの態度」は続いていくでしょうし、日本に対してはとくに「自分達は変わる理由が無い、日本が変われ」という要求が激しくなっていくでしょう。
そしてこれに対し、日本のメディアの多くは韓国の主張をボカして誤魔化しながら、日本側が譲歩する事こそ正解と言わんばかりの報道を続けるでしょう。


当然ですが、こういった日本のメディアの態度は以前から書いているように問題を「増やす」だけです。
我々に必要なのは「彼らが何を望み、どういった関係を要求しているのか」を正確に知ることです。


今回取り上げた3つの価値観とそれに基く韓国の外交方針は、恐らく今後も一切変りません。そして何より、既にネット上でも何人もの人が取り上げていますが、今回のアメリカの反応を韓国側が「道徳的な不義」と捉えている以上、いずれ韓国は更なる中国への傾斜を行っていく可能性が極めて高いです。
恐らく多くの韓国人は「アメリカに裏切られた」と感じているでしょうから。


今後は更にメディアによってフィルターされた韓国の姿では無く、「実態としての韓国の姿」を知ることが重要となっていくわけです。


最後に少し余談を。
流石に韓国でも現状を「何かおかしい」と感じる人達が出てきたようで、朝鮮日報が興味深い記事を掲載しています。


【コラム】日本の無責任、韓国の無能
朝鮮日報 2015/04/29
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2015/04/29/2015042900463_3.html
ただし、今のこの状況で日本の無責任や不義ばかりを責めたとしても、韓国の外交政策における読み違いと失敗の責任が軽くなるわけではない。米国務省のシャーマン次官が「北東アジアで政治指導者が過去の敵を非難し、安っぽい拍手を受けるのは難しいことではない」と発言したとき、その言葉をどのように解釈し、対応したのかについても振り返らなければならない。また、中国と日本が水面下で首脳会談の実現に向けて動いていたとき、韓国がその気配を察知することさえできなかったとすれば、その鈍感さのレベルも尋常ではない。「戦闘に敗れた指揮官を許すことはできても、警戒を怠った指揮官は許すことができない」という言葉は、軍隊だけで適用されるものではない。

対日外交を進めるに当たり、歴史問題・領土問題と安全保障・経済を分けて対応し、日本との接触を拒絶してはならないという忠告、あるいは助言が最近になって多くなった。米国で共和党民主党の両政権で国防相を務めたロバート・ゲーツ氏は「ソ連を悪の帝国と呼んだレーガン政権も、ソ連との対話を完全に閉ざすことはしなかった。これはソ連が米国の思い通りに動いたからではなく、彼らの真の意図を探るためだった」と振り返っている。

 鼻輪を付けられた牛も、手綱を緩めれば勝手に動き回る。韓国外交が気を緩めた後の日本の姿がまさにそうだ。日本国民に対するアンケート調査で、日本の歴史問題に対する反省や謝罪について、10年前には「不十分」とする回答が51%、「十分」は36%だったが、それが今は「不十分」24%、「十分」57%と大きく逆転した。安倍政権の動きばかりに注目し、その背後にいる日本国民の考えの変化にまで配慮が及んでいなかったというわけだ。

 人間であれ国家であれ、ゆがんだ部分や考え方が自然に元に戻ることなどあり得ない。そのため、すでにゆがみ切った日本にもう一度言うことを聞かせるには、緩めた手綱をもう一度締め直さなければならない。今こそ日本との外交政策をしっかりと見直すべきだ。




結論は相変わらず「韓国人的な絶対的正しさ(道徳的正しさ)」から抜け出せていないのですが、韓国メディアにしては珍しく、形而上学的な儒教思想に基く道徳論から外れた考えが記事から見えてきています。
恐らく現状では、この考え方が更に進んで現実としての情勢を見据えるというところまでは行かないでしょうが、韓国でもこういった考え方が出てきているという事を覚えておくと良いかもしれません。


対日外交は何も変らないでしょうが、こういった考え方がもしかしたら更なる中国傾斜と東アジア情勢の不安定化のストッパーになる「かもしれない」ですから。
まあ、過去の事例から考えても「更に明後日の方向」へと突き進む可能性のほうが高いのですが。