日韓問題(初心者向け)

日韓問題について、初心者でもわかりやすい解説と、日韓問題とマスコミ問題の動画のテキスト版を投稿しています。

韓国起源説に隠れてあまり目立たない、だけど深刻な問題




(画像は韓国在住の留学生による韓国茶道体験)


さて、今回は最近日本でも認知度が上がって来た韓国起源説に関連し、地味だけれど実は韓国起源説と同じくらい深刻という問題について書いて行きます。


その問題とは、過去何度か韓国起源説の問題を扱ったときにも少し触れているのですが、韓国が官民挙げて「日本と韓国は同じ文化を共有しているのだ、だから日本にあるものは韓国にもあるのだ」と宣伝し既成事実化を計ろうとしている問題です。


まずはこちらの記事から。

百済‘七支刀・環頭大刀’伝統技術で復元
KBSニュース(韓国語)  2012.03.19 (22:06)
http://news.kbs.co.kr/culture/2012/03/19/2452300.html
<アンカーコメント>七支刀と環頭大刀、同じ百済の刀が伝統そのままの技術で復元されました。私たちの先祖の優れた鉄鋼と武器製作技術を見る契機になっています。ヤン・ミノ記者が報道します。

<リポート>韓日古代史の秘密をうちに秘めた七支刀は製作技法もなぞでした。刀身に「百回鍛えた鉄で作った」と彫られていますが、このような鋳造法では七分岐の枝形が完全にできないからです。忠南(チュンナム)百済歴史館が伝統製鉄専門家と金属工芸専門家の考証を通じて古代の製作技法で七支刀の姿を原形そのまま再現しました。

<インタビュー>イ・ヘムン(学芸研究チーム長/忠南百済歴史文化館):「百済が持つ製鉄技術。当時の最先端ハイテク技術を今日また復元したことに大きな意義があります。」

武寧王陵から出土した環頭大刀と一緒に百済古墳の公州水村里と天安龍院里の環頭大刀もやはり伝統技法で復元されました。刃の厚さは3ミリに過ぎませんが鉄を15度たたんでたたいて3万2千重ねて作りました。原料の鉄は松炭で千五百度まで加熱した伝統'百済法'を利用して海辺
砂の砂鉄から作りました。

<インタビュー>ミョン・ワンホ(忠南百済歴史文化館長):「日本にこのような優秀な技術が伝播したことも今回の契機を通じて立証する、また再確認する契機になったと思います。」

日帝強制占領期に命脈が絶たれて幻になった百済の武器製作技術が子孫の指先で復活しています。

KBSニュース、ヤン・ミノです。



内容は引用元にある通りなのですが、要するにKBSという公共放送(日本のNHKに相当)が、日本刀の作成に必須の技術である砂鉄精錬法の「たたら吹き」や、折り返し鍛造の技術が朝鮮にもあったのだと、しかし日本統治時代に文化抹殺されて失ってしまったのだと、そう歴史の上書きをしているわけです。


まずおかしいのは、七支刀は過去日本で何度も作成の再現実験が行われており、既に「鋳造である」という結論が出ている(詳しくはこちら参照)にも拘らず、日本刀と同じ鍛造であると既成事実化しようとしていることです。


そもそも日本刀作成に必要なたたら吹きと呼ばれる技術の元となった砂鉄精錬法は、元を辿るとインドに由来し、そこから恐らく中国南西部経由で日本へと伝わったので、砂鉄精錬法事態は中国や朝鮮にもあるにはありました。
ただし、隋の時代に中国や朝鮮では鉄鉱石から鉄を精錬する鋳造技術が発達、不純物が多く手間もかかる砂鉄精錬法はその後唐の時代に廃れて行きます。


しかし、日本には当時有力な鉄鉱石の鉱山が発見されておらず、当時の朝鮮半島における日本の直轄地だった任那(ちなみに韓国はこの事実そのものを認めていません)を通じて百済から鉄鉱石を輸入し、更に隋や唐から職人を呼んで鉄の鋳造を行っていたのですが、百済が滅ぶと輸入基地を失ったため鉄鉱石が確保できなくなり、その結果砂鉄精錬法が発達してたたら吹きの技術が確立していったという経緯があります。


また、中国の王朝である宋の時代に欧陽脩(1007~1072年)という政治家であり詩人であり学者でもあった人物がいたのですが、この人物が晩年に書き残した「日本刀歌」という文献には、「日本刀は美術品としての価値が非常に高く、商人たちがこぞって日本へと買い付けに行く」との記述があり、朝鮮(当時は高麗)には日本刀やそれに類するものが存在しなかったことが解ります。


以上のように、そもそも朝鮮にはたたら吹きに相当する技術そのものが存在しなかったにも関わらず、現在の韓国は国を挙げて「あったこと」にしようとしているわけです。


次の問題はこちら

“海のポルシェ”クロマグロ・日本輸出のオコゼ…韓国の高級魚系図(2)
2014年09月08日15時26分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
http://japanese.joins.com/article/j_article.php?aid=189822
キジハタはアラと似ている。しかし成魚でも40センチほどで小さい。このごろはアラよりも珍しく、口にするのが難しい魚種だ。価格はアラと似ているか、若干高い1キロ当たり20万ウォン台だ。主に済州道一帯で捕獲される。白身で味が淡泊だ。7~8月が最もおいしい。
(中略)
釜山経済大学食品工学科のチョ・ヨンジェ教授(62)は「刺身を楽しむ我々の食文化特性上、肉質に弾力がある魚が流行に乗らずに着実に“貴族”扱いされている」と話した。



おかしいのは最後の部分、韓国に刺身を食べる文化が伝統的にあったかどうかです。
結論から書けばありません、それどころか恐らく韓国で刺身が「一般化」したのはここ20年ほどです。
まず、韓国では刺身の事を「フェ」と呼ぶのですが、このフェを漢字で書くと「鱠(なます)」になります。
当たり前事ですが鱠と刺身は加熱処理しない食品という部分以外はその発生過程からして全くの別物です。


元々この鱠とは中国から日本や朝鮮半島へと伝わった食品なのですが、どうも日本統治時代に刺身が朝鮮半島へと伝わり、それを表現する言葉がなかったので似たような食品である「フェ」を代用したのではないかと思われます。
ただし、日本統治時代の朝鮮で刺身は食品としてあまり一般的ではなかったようですが。


また、朝鮮で刺身のようなものが全く一般的ではなかったことは以下の記述からも解ります。


「日東壮遊歌」
大阪(1764年1月21日)
「宴席に運び込まれた食べ物を見ると、これがあまりに奇怪な代物。鮑や蛸等全てを刻み、混ぜ合わせてくっつけたものを丸く積み上げ、1尺程の高さに盛り上げている。色とりどりで、形は皆四角い。 伊勢海老というものが生のまま置いてある。 海老の一種だが、まことに大きな物だ。 その他名前も分からないものが窮屈に並んでおり、その数は数十にも登るが、食べられる物は全くない。」


朝鮮通信士として日本を訪れた朝鮮の貴族階級である両班が書き残した記録なのですが、見ての通り刺身を奇怪な代物として食べる事を拒否しています。
そしてこの事から同じく加熱処理しない魚の食品である「フェ(鱠)」も、実際のところ朝鮮ではあまり一般的ではなかった事が解ります。


そして更に興味深い事実があります。
それが以下の2つの記事


刺し身を「hoe」と表記、外国人理解できず
2002年04月11日21時37分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
http://japanese.joins.com/article/034/26034.html?sectcode=&servcode=
釜山(プサン)市が刺し身の英文表記に決定した「hoe」(注:韓国語では刺し身を「フェ」と発音する)が、外国人には単語の意味通り「土地を耕す鍬(くわ)」と認識され、議論となっている。

11日、釜山市によると、市民に刺し身の英文表記を公募、韓国語の発音通り「hoe」に決定し、26日から28日まで釜山展示コンベンションセンター(BEXCO)で開かれる「第1回釜山国際刺し身博覧会」の表記も「Busan Hoe Expo.2002」に決定した。

しかし外国人を相手に調査した結果、これを「刺し身博覧会」と理解した人は1人もいなかった。多くは「農機具博覧会」とか「hoeが食べ物だとは想像さえできない」との反応を示したという。

しかし釜山市側は、「継続して広報していけば、『キムチ』のように『hoe』も刺し身の意味として定着するだろうから、名前は変えない方針だ」としている。


国際語でも日本語はダメ 海鮮料理用語を置き換えへ
今日の韓国ニュース 2005/4/4
http://www.sjchp.co.kr/koreanews/20050404/2005040406.htm(リンク切れ)
http://web.archive.org/web/20050405073741/http://www.sjchp.co.kr/koreanews/20050404/2005040406.htm(ウェブアーカイブ
  釜慶大学の趙永済教授(水産科学)が、サシミなど海鮮料理関連で残る日本語を追放する運動を展開している。
  趙教授は韓国センソンフェ(サシミ)協会会長も兼ね、地元などではサシミ博士と呼ばれる水産分野の専門家。1日から、地場の焼酎メーカー「舞鶴」の後援で、「サシミ」「ワサビ」など、多くの日本語が残っている海鮮料理関連の用語を純粋な韓国語に直していく作業を始めた。
  よく日本語が使われるている16の魚や料理の写真を掲載したポスター3000枚を作成、釜山や慶尚道の海鮮料理屋などに配布を始めた。「SASHIMI」「SUSHI」「WASABI」はすでに国際的な言葉だが、「ウリ(我が)民族の自尊心回復のためにこれ以上、この地だけでは日本用語の氾濫を放置できないという趣旨からだ」(聯合ニュース記事)という。
  ちなみに置き換え例によると、サシミは「センソンフェ」、ワサビは「コチュ・ネンイ」、サヨリは「ハク・コンチ」、アナゴは「ブン・チャンオ」、付きだしは、「副料理(プヨリ)」だそう。趙教授はこのポスターの評判がよければ、新たに2種類のポスター作って配布したいとしている。【KRN】



上記記事から、実は21世紀初頭までは韓国でも刺身の事を「サシミ」と表記していた事がわかるのです。
それが韓国で民族主義の高まりと共に日本語排斥運動の槍玉に上がり、元々刺身の表記としてあまり一般的ではなかった「フェ」を刺身という単語と置き換えようと、そういった運動から始まり、いつの間にか韓国でも日本と同じように刺身が一般的な食文化だったと、そう置き換わっていった過程が確認できるわけです。


そして、漢字を排斥してしまった韓国では、フェの漢字表記が「鱠」である事を確認できる人も殆どいないため、近年国際的に寿司や刺身が認知され普及するようになっていく過程で韓国にも広く普及し、社会的にまるで疑問視されずに「フェとは刺身のことである」と定着していって現在に至るわけです。


他にも例えばサムネ画像にある韓国茶道も同じような物で、元々朝鮮は仏教弾圧と共に緑茶文化が廃れ、そもそも日本の茶道のような様式の文化もなく、また日本の茶の湯文化と朝鮮の喫茶文化に直接的な交流があった記述などどこにも無いにも関わらず、こうして韓国にやってきた外国人に「朝鮮にも日本と同じ茶道文化があったのだ」と宣伝しているわけです。


なぜ韓国がこんな事ばかりやっているかといえば、要するに韓国起源説を世界中で宣伝する過程で、当然日本文化を知っている外国人から疑問に持たれることも多いので、その予防線として「日本と韓国は多くの部分で同じ文化を共有しているのだ」という既成事実を作る必要があった事と、韓国は特に近年「日本の文化は全て我々が教えてやったのだ」と学校教育で徹底して教えるようになったので、その教育との整合性を持たせるため、或いは教育によってそう信じるようになった人々が何の疑いもなくこんなことをするようになったというわけです。


ちなみに、韓国はこんな状態ではあるのですが、それでも本当の意味での韓国文化についてちゃんと研究するまともな学者も少数ですが存在します。
ですが現在の韓国社会ではそういったものは受け入れられず、場合によっては日本の代弁をする親日派と認定され社会的に抹殺されてしまう可能性もあるため、こういった学者は大きく分けて2通りの道を歩む事となります。


まず一つ目は本来の朝鮮文化を研究しつつ、「これは日本の○○に影響を与えた物かもしれない」と含みを持たせて発表する方法です、ただしこれは結果的に自国の文化をゆがめる事になるので、やっている事は結果的に韓国の主流派とさほど変わらない事になってしまいます。


そして二つ目は、日本やアメリカなどの外国でひっそりと目立たないように論文発表などをする人達です。
こういった人達は真っ当な研究をしているのですが、決して韓国で評価されることはなく、そもそも韓国で自らの研究結果を発表する機会もほぼありませんし、そんな事をすれば社会的に破滅する可能性すらあるので本人達もあまり韓国内では目立った事をしません。
現在の韓国政府の見解や主流の意見と相反する結論になってしまう場合が多いのですから当たり前ですが、これが韓国の現状です。


更に問題は続きます。
今回の件や韓国起源説に関して、日本人が批判している事を実は多くの韓国人が知っています。
しかし、彼らは大抵の場合その事を恥じたりしません。
むしろ彼らはこう考えます「最近落ち目の日本は韓国に嫉妬しているのだ、嫉妬しているから右傾化し韓国からの影響を受け入れられず難癖をつけて溜飲を下げているのだ」と。


この考えの根底には、所謂「(韓国人の認定する)良心的日本人」が関わっています。
以前ここでも何度か突っ込みを入れていますが、こういった人々は嫌韓の原因として「日本人が自信をなくしたからだ」とか「自身の不幸な境遇を嫌韓に転嫁しているだけだ」と分析しています。


そして、この「分析」を韓国メディアからの取材などを通じ、嬉々として韓国人に繰り返し伝えて来た言う経緯があるのです。
結果、韓国人は日本から韓国への批判を全て「そういう目」でしか見れなくなり、何が問題にされているのかすら思考停止状態でわからなくなるという、そんな救いようのない状態になっている人が多いのです。


元々韓国人は客観視が非常に苦手です。日本人から、特に権威のある日本人からそういわれてしまうと、もうそれに疑問を持つ事すらできなくなるわけです。
こうして日韓の溝は最早修復不能になったという事です。
韓国人も当然問題ですが、いかにこの良心的日本人という存在が性質の悪い人々か良く解るでしょう。



※良心的日本人という表記に関して、不適切なのでやめてほしいとのコメントをいくつか見かけたのですが、諸事情から今後も使っていきます。
まず親韓日本人としてしまうと、昔から韓国と交流があり韓国に苦言も言える人々も含まれるわけですが、所謂良心的日本人はそういった人達とは性質が全く別です。


また、韓国人以外から見ればこういった人々は偽善者にしか見えないでしょうが、韓国人の価値観からすると間違いなく「良心的」なのです、ですからある意味で皮肉も込めてこの表記が最も相応しいのではないかと、そういった考えがあるわけです。