日韓問題(初心者向け)

日韓問題について、初心者でもわかりやすい解説と、日韓問題とマスコミ問題の動画のテキスト版を投稿しています。

二元論思考の危険性

お知らせ

年末年始について。
マスコミ問題を扱うブログ「暇つぶしにどうぞ」は、12月21日が今年最後となり、12月28日と来年1月4日がお休み、再開は2021年1月11日からとなります。

こちらの「日韓問題(初心者向け)」の方は、12月23日が今年最後となり、30日と来年1月6日をお休みし、再開は2021年1月13日からとなります。

動画の方は、次回12月26日が今年最後となり、お休みは1月2日のみ、再開は2021年1月9日からとなります。


それでは皆様、少し早いですがよいお年を。




さて、本日は韓国的思考が引き起こす問題と、「似た」状態には誰にでもなりうるという問題について書いていきます。

初めて来られた方はまずこちらを先に読む事をお勧めします。

ブロマガ『日韓問題(初心者向け)』を始めた理由

注意
・このブロマガは「日韓の価値観の違い」を初心者向けに扱っています

・当ブロマガのスタンスは「価値観に善悪や優劣は存在しない」というものです

・相手が不法を働いているからと、こちらが不法をして良い理由にはなりません

・自身の常識が相手にとっても常識とは限りません、「他者がそれを見たらど
う思うか」という客観性を常に持ちましょう

・日常生活で注意する程度には言動に注意を心がけてください


今年の韓国の四字熟語に「我是他非」という新造語が選ばれたが、これはいわゆる「ネロナムブル」と同じ意味で「自分は正しく、他人は間違っている」という意味があり、韓国ではこれが社会問題になっている事がわかる。


韓国でこうした問題が起きやすい背景として、「普遍的正しさ」の存在を信じる独特の価値観から、物事を二元論的に考える傾向にあり、そのため自身の信じる「正しさ」に反する考え方を無条件に否定してしまい、それがダブルスタンダードが日常化する原因となっている。


また、これと同様の事は韓国以外でも背景は異なるが起きることがあり、例えば一連のアメリカ大統領選を巡る疑惑や、DHC問題など様々な事例で散見され、規模が違うだけでどこでも起こりうることであるとわかる。


※一部を除き、引用記事が日本語の場合には文中にリンク用アドレスとタイトルのみ表記、韓国語のものやリンク切れで参照不能な記事のみ文末にまとめて本文を引用します。
※本文中のリンクは引用の元記事、或いはインターネットアーカイブウェブ魚拓(別サイト)へのリンクです。



1:我是他非


まずはこちらの記事から

今年の四字熟語に「我是他非」 対立する政界を批判=韓国
聯合ニュース 2020.12.20
https://jp.yna.co.kr/view/AJP20201220000200882

【ソウル聯合ニュース】韓国の大学教授たちが選ぶ今年の世相を表す四字熟語に「我是他非」が決まった。教授新聞が20日、発表した。我是他非は「自分は正しく、他人は間違っている」との意味で、新造語だ。「自分にやさしく、他人に厳しい」という姿勢により、政治・社会全般で不毛な消耗戦が続いた現実を皮肉ったと言える。

 教授たちは新型コロナウイルス禍のような危機の中で、政治・社会の問題解決に役立たない「我是他非」の姿勢だけが目立ったと指摘した。とりわけ政界を批判する声が多かった。嶺南大の崔在穆(チェ・ジェモク)教授は「今年は特に政界で、与野党が真っ二つに分かれ、事あるごとにお互いを攻撃し、よくない結果に対しては人のせいにする状況が続いた。政治的理念で分かれた消耗的な争いは、協力的で希望ある言行で治癒されるべき」と強調した。

 今年の四字熟語は、教授新聞が今月7~14日に大学教授906人を対象に行ったアンケート調査で選ばれた。「我是他非」が32.4%で最も多く、次いで「厚顔無恥」(21.8%)、「隔靴掻痒(そうよう)」(16.7%)の順だった。新型コロナの状況の厳しさを表した「畳畳山中」(12.7%)は4番目に挙げられた。


関連記事
韓国の今年の四字熟語「我是他非」…「政界など他人のせいばかりの一年」 中央日報 2020.12.21


記事では、韓国の大学教授906人にアンケートを取ったところ、この「我是他非」が選ばれたそうですが、この四字熟語は元々ある言葉ではなく、いわゆる「ネロナムブル」に相当する新語であり、「自分は正しく、他人は間違っている」という意味であると解説されています。


そして、2位に「厚顔無恥」3位の「隔靴掻痒(かっかそうよう)」も含め、全て文在寅政権に関連した単語です。


どういう事かというと、


【コラム】「我らの在寅がそんなはずない」 朝鮮日報 2020/12/20 (1/3ページ) (2/3ページ) (3/3ページ


たとえばこちらの記事では、韓国で最も多い犯罪は詐欺だが、文在寅政権は詐欺まがいの政策を次々と行っており、朴槿恵政権の関係者を様々な理由で逮捕しておきながら、文政権の人々も全く同じことをしていると批判しています。


またこちらの記事では


「積弊という朴大統領もしなかった」…不通より深刻な文大統領の沈黙 中央日報 2020.11.30


ソウル大学のコミュニティーが「朴槿恵政権で批判されていた事は、現在文政権で行われている事に比べたら大したことがない」「文政権は身内の不正のもみ消しを繰り返し、更に文大統領は朴前大統領よりも自らの言葉での説明がない」と批判しています。


更に問題なのは、文在寅政権は「朴槿恵政権が職権を乱用し不正を繰り返した」と批判していたにも関わらず、自分達は身内の犯罪や不正を次々ともみ消そうとし、更に大統領府関係者の不正を捜査しようとした検事総長を、難癖を付けて辞職に追い込もうとしています。


また、一連のコロナワクチンの事例でも


文大統領にワクチン直言2回、無駄だった 中央日報 2020.12.22


ソウル医大の教授が「2月と6月の2度にわたり、文大統領が出席した会議でワクチンと治療剤を確保しなければなければならないと提言した」として、「しかし文政権はK防疫に固執し一切意に介さなかった」と証言するなど、コロナ対応の失敗がメディアを通して指摘されると


「ワクチン準備不足」批判に…韓国与党院内代表「野党・メディアが偽ニュース」 中央日報 2020.12.22


韓国与党は「冬季の悪条件、野党と一部メディアのフェイクニュースと歪曲ニュースという防疫三重苦に苦しんでいる」と、ワクチンの問題をこの件を批判する野党とメディアに責任転嫁してしまっています。


こうしたことが韓国ではここ暫く続いており、その結果文政権の露骨なダブルスタンダードに不満を持った大学教授たちが「我是他非」という新造語を「今年の四字熟語」に認定していたというわけです。


2:二元論的思考


こうした状態になっている背景として、過去動画や記事でも紹介した「特殊な正しさの概念」が関係しています。

※独特の正しさの概念

彼らの正しさの概念は独特であり、根拠を必要としない。
また「この世には最初から一つの正しさが存在する」と考えられており、自分はその正しさを常に選択していると考える傾向にある。

そして正しさ同士がぶつかった場合には、(曲解でも捏造でもその件と全く関係なくともなんでもいいので)相手の劣等性を指摘する事でそれを自己の正しさの担保とする。

また相手の劣等性を指摘した時点で自身が指摘された問題は相手の問題にすり替わる。


youtube
https://youtu.be/PvEa1FjkkEw

関連記事
韓国社会では「記憶の改変」が起きているわけではない?


結局のところ、理気二元論に基く思考によって「自身のその時の感情的利益」を「正しさ」としてしまっているため、「正しさ」が「どう正しいのか」ではなく「前提」であり、自身と異なる意見や反論を無条件に「間違い」とする二元論的思考になってしまっている事が原因です。


そのため、韓国では先ほど紹介したように「ダブルススタンダード」が社会問題となっていますが、同時にそれを訴える側も大部分が「我是他非(自分は正しく、他人は間違っている)」の状態にあり、そのことに気付いていないのです。


例えば最近の事例ではこんな内容があります。


(※1)
[フォーカス] 100年前地理、700m以下低地帯は禿山 朝鮮日報(韓国語) 2020.12.10


記事では、李朝末期に住民たちが燃料として木を伐採し、また焼き畑農法を繰り返したため、山の大部分が剥げ山になっていたと書かれています。


ここまでならいいのですが、その後この記事では「(日本が)造林事業を進めながら地域住民の焼き畑と山林伐採を禁止して山林保護に寄与した」としながら、それを「九州帝国大学京都帝国大学は関連学科の農学部がないのに演習林を設置した。これは明確に研究目的より経済的利益を創出するために演習林を設置したという意味だろう。実際に地域住民に演習林で伐採した木や生産した炭を販売した記録もある。つまり演習林は植民地収奪の手段だったという事だ。」としています。


そして「当時のご先祖に低地帯産地は保存対象でなく唯一の生計の手段だった。日本人たちは植民地支配層の認識で彼らをあたかも未開な環境破壊犯のように追い立てた」と、その行為を日帝収奪と結論付けています。


またこちらの記事を読むと


「熱々の床の上でパンのように焼かれる」西洋人が驚いた「オンドル民族」=韓国 中央日報 2020.12.18


朝鮮の床暖房である「オンドル」の普及によって、李朝末期に急速に山林が消えはげ山だらけになって行ったことが書かれています。


つまり、日本が「森林保護」と「植樹」を行った件を、「日帝による収奪」という事にしてしまったのです。
なぜなら彼らの中では常に「韓国は正しく日本は間違っている」という事になっているので、「森林保護はその後収奪する目的があったのだ」という結論を、仮定に仮定を次々と積み重ねて出してしまっているわけです。


そこに客観性は一切ありません、「自分は正しいのだから相手は間違っている」という二元論があるだけです。


またこうした思考には以下のように


(※2)
[道聴塗説]南北山林協力 国際新聞(韓国語) 2018-06-25


元々韓国では「朝鮮がはげ山だらけだったのは日本が乱伐し収奪したからだ」という事になっていた事が関係しており、それが


(※3)
100年前、私たちの森林。禿山に幼い松のみ 聯合ニュース(韓国語) 2009-09-08


2009年に「実は日韓併合前からはげ山だらけだった」と判明してしまい、その原因がオンドルにあったこともわかったため、上記の国際新聞のように今でも「収奪論」を主張するところもありますが、多くが先ほどの朝鮮日報のように「新たな日帝収奪論」を作り出してしまっているのです。


そこに客観性は必要ありません、あるのは二元論的な「我是他非(自分は正しく、他人は間違っている)」だけです。
根拠ではなく相手の属性自体が判断材料なのです。


3:どの情報が重要か


※2020年12月24日23時27分修正
「必要条件と十分条件」の説明が入違っていた上に、再度確認したところ今回の件を説明する場合にこの内容は適していないと判断し、表現を変更しました。


このように、韓国では「自分は正しいのだから相手は間違っているのだ」という二元論的な考え方が主流であり、そのため韓国内で現在文政権のダブルスタンダードが批判されながら、同時に「何が起きても日本の行いは悪だ」という文政権批判とのダブルスタンダードがまかり通っています。


そして背景は違いますが、韓国以外でも度々こうした現象は起きており、日本でも一連のアメリカ大統領選をめぐる不正選挙疑惑や、一連のDHC問題で発生しています。


例えばDHCの件の場合、


ヤケクソくじの由来 DHC 2020年11月


三者から見てあからさまに「差別」に見える内容が書かれているうえに、そもそもこれに賛同している人達は「敵と味方」という二元論で判断し、実際には多くの人々は「敵でも味方でもどちらでもない」という事が重要です。


そのため、「こういう事を書けば詳細を調べてくれるはずだ」という希望的観測で判断しており、第三者は「なんとなく」のイメージで物事を判断するという事が抜け落ちています。
実際問題、詳細を知らない人にとってこの問題は「他人事」であり、多くの人は大手の報道通りにDHCに悪印象しか持ちません。


更に、詳細を知ったからとこの記事に肯定的になるとは限りません。
一般的に、罵倒や別称などネガティブな単語の入った文章は、よほど強く肩入れしていないかぎりネガティブな印象しか持たれないからです。


また一連のアメリカ大統領選にしても、根本的な問題としてトランプ氏側はまだ「不正選挙の客観的証拠」を提示していません。
表に出てきているのは「間接的推定」か「未確認情報」のみです。


また、確かにメディアがあからさまにバイデン陣営に肩入れしていたのは事実ですが、それだけでは「不正選挙を隠すために隠蔽している」という事にはなりません。


なぜなら党派性の暴走によって「自分達の陣営」に過度に加担する行為は、不正を隠すという動機がなくても起こりうることであり、不正選挙の件はそれ単体で客観的な根拠が必要なのです。


ここで重要となるのが、「選挙で結果を覆すレベルの不正があったとするために必要な情報は何か」という事です。


これを一連のアメリカ大統領選にあてはめると、不正選挙があったとするために必要な情報は「不正の客観的証拠」であり、それ以外の「メディアが不審な報道をしていた」は、先ほども指摘したように「他にも原因が考えられる」ため「重要ではない」となります。


また、「〇〇が言っていた」等の場合も、人は「常に正しい判断をするわけではない」以上、誰がそう主張していようと「間違っていない事の証明」にはなりえないため、これも「重要ではない情報」となります。


また「ドイツで銃撃戦があった」や「カナダ国境で米中の戦闘があった」「ドミニオン社のシステムが不正を行った」等も、それを裏付ける証拠は出ていないため「疑惑」ではありますが「重要ではない」となります。


(※ちなみにドミニオン社の不正を訴えていたFOXなどのメディアは、ドミニオン社から訴えられると主張を取り消してしまいました。
これは「裁判をしても負ける情報しか持っていない」という事です。)


こうして「不正選挙を証明するために必要な情報は何か」を一つ一つ確認していくことが重要です。


そのうえで、なぜこうした重要ではない情報を「重要な情報」と思いこむ人がいるかといえば、二元論的な思考をしてしまっているからです。


つまり、自身を「正しい側」であり反対意見を「間違った側」という属性で分け、属性で判断することで異なる意見を無条件に拒否してしまっているので「異論を検証」することができず、最初の方で紹介した韓国の事例と同じような状況になってしまっているのです。


そして韓国の事例とこの事例は「全く同じではない」事も重要です。
なぜなら、韓国の場合には多くの事例が理気二元論に基く「正しさ」の概念から来るものですが、日本にはそうした文化的背景がありません、日本の場合には一般的な認知バイアスで説明がつきます。


最も大きな違いは、韓国の事例では「正しさ」の根拠が最初からないためほとんどの場合で説得や説明が無意味であり、日本の場合にも説得が通用しない人がいますが、それは「引っ込みがつかなくなり意地を張っているだけ」の場合がほとんどでしょう。


そしてこうした背景が異なるもの同士が似たような結果になることを「収斂」と言います。
この事例では、日本と韓国で収斂によって似たような現象が起きているというわけです。
これを理解していないと判断を誤ります。


また、こうした事例は何も「保守を名乗る人々」の中でしか起きるわけではなく、リベラルなどを名乗る人の中でも頻繁に確認できます。


例えば一連の日本による韓国に対する輸出優遇解除(輸出管理強化)の事例を、頑なに「輸出規制」と言い張り続ける人々の事例や、韓国において慰安婦が「軍や国の命令で軍人や官憲が直接的に行った奴隷狩り」という定義になっている事を頑なに認めない人々がそれに該当します。


二元論的に思考するため、持論に反する情報を受け入れることができないのです。


そして重要なのは、こうした二元論的な思考は誰でも陥りやすく、また「自分は大丈夫」と考えている人や、「二元論思考に陥っている人を笑う人々」もまた「状況が変われば陥りやすい」という事です。


二元論思考に陥らないようにするために重要なのは、常に「自分もそうなるかもしれない」という考えを頭の片隅に残し、また陥っている人を「頭ごなしに否定せず、しっかりと具体的な理由を述べる」という態度を取る事です。
「明日は我が身」ですから。






(※1)
[フォーカス] 100年前地理、700m以下低地帯は禿山
朝鮮日報(韓国語) 2020.12.10
http://san.chosun.com/site/data/html_dir/2020/11/24/2020112401633.html

「母なる山」智異山(チリサン)の100年前の姿を調べた論文が発表された。11月16日、国立公園論文公募展で最優秀賞を受賞した<日帝強制占領期間、文献を中心にした智異山国立公園の時代的状況考察>だ。

論文の著者はパク・ソクコン国立順天(スンチョン)大学山林資源・造園学部教授で、日帝強制占領期間、植物学者、中井猛之進と帝国大学演習林関係者が記録した智異山関連文献4冊を翻訳して当時の状況を分析した。同論文によれば、100年前の智異山の姿は今の植生と全く違っていたという。

不明瞭な政局が続いた朝鮮末期、山林管理がまともになされず、地域住民が堆肥や燃料、農機具材料などを得るために山林伐採を継続したからだ。東京帝国大学演習林報告書には1925年当時、智異山一帯の約70%が一時的あるいは永久的無立木地(木が殆どない山林)で、樹林を形成する場所は28%だったとある。

植物群落もやはり現在とははっきりと異なっていた。朝鮮総督府九州帝国大学がそれぞれ1915年と1934年に作成した植生分布図と2018年国立公園公団精密植生図を比較するとアカマツ林は18.18%から7.29%に急減し、モンゴリナラ群落は11.87%から41.78%に急増したことが分かった。これは長く智異山圏が保存され、自然な森の遷移過程が進んだものと解釈される。

一方、当時記述された文献は「日帝強制占領期間、日本帝国大学が智異山に研究目的で演習林(現在の学術林)を設置し、造林事業を進めながら地域住民の焼き畑と山林伐採を禁止して山林保護に寄与した」と記述した。

しかし、パク・ソクコン教授は本紙との通話で「断片的に解釈すれば日本帝国大学が智異山保全に尽くしたように見えるが、歴史的真実はそうではない」と一蹴した。

「当時、智異山に演習林を設置した大学のうち九州帝国大学京都帝国大学は関連学科の農学部がないのに演習林を設置した。これは明確に研究目的より経済的利益を創出するために演習林を設置したという意味だろう。実際に地域住民に演習林で伐採した木や生産した炭を販売した記録もある。つまり演習林は植民地収奪の手段だったという事だ。」

パク教授は付け加えて「今の定規で当時の地域住民たちの山林利用を判断してはならない」として「当時のご先祖に低地帯産地は保存対象でなく唯一の生計の手段だった。日本人たちは植民地支配層の認識で彼らをあたかも未開な環境破壊犯のように追い立てた」と話した。

「演習林設置によって智異山で暮らしてきたご先祖は生活の基盤を失うことになった。私はこのご先祖と今の国立公園内部や近隣で暮らす地域住民が重なるとみている。過去の歴史を教訓にして地域民を管理対象でなく国立公園保全のための協力者として参加できるよう政府が出て助けるべきだと思う。」


(※2)
[道聴塗説]南北山林協力
国際新聞(韓国語) 2018-06-25
http://www.kookje.co.kr/news2011/asp/newsbody.asp?code=1700&key=20180626.22030012450

日帝強制支配期の朝鮮を象徴する単語の一つに「赤い山」が広く知られた。禿山という意味だ。当時、有名な詩人オ・チャンファンは「赤い山」を次の様に書いた。「街道、街道、赤い山/街道、街道、故郷だけだ/ときおり松の森があるが/それは私の年のように幼い/街道、街道、赤い山」。

それだけ領土が荒れはてていたということだ。日帝の一方的伐木と収奪が招いた結果であった。そのうえ、6・25韓国動乱(朝鮮戦争)はいくらも残っていない山林までほとんど消した。こうしたために1950、60年代の我が国の山地は砂漠地帯を彷彿とさせた。国土の半分近くが一木一草眼に触れない荒涼とした土地だった。

その上、山の木をこっそりと切っていく盗伐が幅を利かせた。盗伐行為を「5大社会悪」として取り締まるほどだったから、山林のき損がどれほど激しかったか知ることが出来る。さらに1969年国連報告書は「韓国山林の荒廃度は非常に慢性的であり、どのような手段も使えない状況に達した」と書いた。その時期の禿山は貧困をより一層加速化させるくびきに違いなかった。

そうした韓国が今は世界で最も成功した山林緑化国家に数えられる。事実上荒れ地だった国土の65%を木で覆ったので世界の人々が驚いて感心する。「禿山の奇跡」という修飾語までついた。持続的な植樹・造林事業と山林保護政策などが産んだ効果だ。

反面、北朝鮮地域の大多数の山林は相変らず荒廃した姿だ。最近の衛星撮影写真でも明確にあらわれた。全山林の32%以上が消えたと推定されるが、これはソウルの面積の47倍に達する。南北首脳会談の「4・27板門店(パンムンジョム)宣言」を履行するため、両側の山林協力分科会が今週板門店で開かれると発表された。

協力して私たちが北朝鮮に木を植え、山林緑化技術を支援または、伝授する側面が強くみえる。しかし、南側も樹木交流のおかげをこうむることができる。例えば、私たちの固有種であるチョウセンシラベと山岳地帯針葉樹が気候変化で絶滅危機に置かれたが、これら数種を白頭山(ペクトゥサン)一帯に移して植えて「ウィンウィン」という方式だ。

山林は北朝鮮にとって切実な分野で、南北が非政治的に最も接近しやすい協力対象ということに異論はない。人道的支援に該当し対北朝鮮制裁にも抵触しない。森林協力が本格的に進行されて南北交流と平和体制構築のうっそうとした森を成し遂げていければ良い。

ク・シヨン論説委員


(※3)
100年前、私たちの森林。禿山に幼い松のみ
聯合ニュース(韓国語) 2009-09-08
https://www.yna.co.kr/view/AKR20090908123300063

100年前の我が国の山林は、どのような姿だったのだろうか?

 8日、国立山林科学院によれば、1910年に製作された『朝鮮林野分布図』を使い、100年前の南北朝鮮全域の山林の姿を分析した結果、当時の全体の山林面積は1,585万ha(島嶼を省く)で、全国土の71%に達した。

山林の面積は現在の韓国地域の山林率(64%)よりも多かったが、木材資源を示す林木蓄積量は1㌶(1万㎡)あたり17立方㍍。現在の韓国(1㌶当たり103㎡)の16.5% 水準に過ぎなかった。

 森の構成は大木の森(成熟林)が32%、若木の森(稚樹林)42%、禿げ山(無立木地)26%であり、大木の森の73%が北部地域に分布した。このうち特に咸鏡道(ハムギョンド)と平安道(ピョンアンド)に66%があった。

林床分布別では、松のような針葉樹林が43%で、クヌギの木のような広葉樹林(30%)よりも多かった。

北朝鮮地域は白頭山(ペクドゥサン)を中心に、比較的鬱蒼とした森が維持されていたが、韓国地域は白頭山脈の一部に大木が残っていただけで、海抜の低い低地帯には若い木と禿げ山が大部分を形成した。

100年前の我が国の山林は、トラが出沒するくらいに古木が鬱蒼としていたという予想とは違い、現在の水準よりも劣っている事が分かる。

 『朝鮮林野分布図』は、日本の強占期に朝鮮総督府が朝鮮林の調査事業の一環として製作した、現存最古と同時に初の朝鮮半島全域の山林分布図。この地図は山林科学院緑色経済研究課のペ・ジェス博士が、1996年に日本の北海道大学の中央図書館で入手した物の写本であり、縮尺は50万分の1。

20万分の1の縮尺でも製作されていて、樹種分布(松、針葉樹、広葉樹)と所有区分(国有林、私有林、寺刹林)、林床分布(成熟林、稚樹林、無立木地)、封山(朝鮮末期に国家直属管轄の山林)というような情報を含んでいる。

山林科学院の関係者は、「この地図は、約5ヶ月という非常に短い期間に現地を調査して製作した為に正確度は落ちるが、100年前の我が国の山林の姿を見せる唯一の地図で、大変に貴重な資料だ」と話した。